脱炭素化と経済成長

著者: 奥村 勝、濱崎彰弘  /  講演者: 諸富 徹 /  講演日: 2022年7月8日 /  カテゴリ: 環境研究会 > 講演会化学部会 > 講演会  /  更新日時: 2022年10月16日

 

近畿本部 化学部会・繊維部会・農林水産部会・環境研究会 四組織合同講演会

日 時:79()   13:3516:30
場 所: オンライン(Zoom

メインテーマ:【循環型社会の構築】

講演1 脱炭素化と経済成長
~カーボンプライシングの役割をどう考えるか~

講 師: 諸富 徹 氏(京都大学 大学院 経済研究科 教授)

 

本講演では脱炭素と経済成長にどのような関係があるのか、日本は技術革新と産業構造転換により、脱炭素化を図りつつ経済成長を遂げられるかについて述べられた。

1.日本の気候変動政策と経済成長の現状 

日本の温室効果ガス排出量推移は1990年度~2018年度までほぼ横ばいになっている。京都議定書基準年である1990年度の127600万トンをようやく下回ったのが2018年度である。また、同時期の各国のCO2排出量と経済成長をみると経済成長とCO2排出量はデカップリングになっている。すなわち経済成長はするが、CO2排出量は減少している。

デカップリングにある国では炭素税というカーボンプライシングの導入が段階的に進められている。しかし、日本ではデカップリングが不明瞭になっている。欧州を中心に先進国では2000年頃から経済成長とCO2排出量が切り離される時代に突入し、経済構造が変化していることが分かる。日本は産業構造が20世紀のままであるといえる。

日本は1970年石油ショック以降省エネを進め、また世界に先駆けて太陽光発電を行ってきた。その結果、最高水準の排出削減技術を持っている等で先駆的な温暖化対策に取り組む必要がなく、さらなる温暖化対策は経済成長にマイナスであると言われていた。ここ10数年、脱炭素の取組みがあまり進まなかった。このことは日本のエネルギー多消費型産業(鉄鋼、化学等)の鉱工業指数当たりのエネルギー消費原単位推移をみても明らかである。

一方、欧州では冷戦が終結した1990年以降、脱炭素に本格的に着手し、再生可能エネルギーのコストも大幅に下がることも加わって、CO2排出量を減らしながら経済も成長している。

2.欧州における「産業の脱炭素戦略」とは何か

欧州温室効果ガス排出削減は2030年で1990年比△55%を目標とし2045年頃には実質ゼロ、それ以降は森林の吸収源、CCSでマイナスを目指している。しかし、実際は2010年頃より産業分野の排出削減は横ばい状況であり産業の自主的な取組だけでは目標達成は難しくなっている。

その対策として炭素税や排出量取引制度(EU ETS)を導入している。事業者は削減のための投資コストを負担するか、それとも炭素税や排出権価格を支払うかの選択を迫られることになる。現状では排出削減のための投資より炭素税や排出権価格の方が安く済むため、欧州ではその解決方法として脱炭素を促進するための投資補助金やグリーン公共調達等を政策手段として導入する。日本も産業界と行政がタイアップして産業構造の転換に向けて動き出した。

3.脱炭素化と炭素生産性

脱炭素と経済成長の同時解決として炭素生産性について述べる。一般に生産性指標では分子にGDPまたは付加価値、分母に労働1単位を用いるが、炭素生産性では分子は同じだが分母に炭素投入量(CO2排出量)を使用する。

炭素生産性は1995年には、スイスを除いて日本がOECDのトップレベルであったが、その後横ばいか減少、2015年までに各国は炭素生産性が上昇し日本は米国を除くと最下位になっている。

その背景には、各国の平均実効炭素価格(排出量取引、炭素税等のコストをCO2排出量で割った数値)と炭素生産性の関係には正の相関があり、炭素価格が高くなるにつれて炭素生産性が上昇するという関係がある。一人当たりの総資本形成と平均実効炭素価格の関係を見ても、正の相関がある。

また、日本のCO2大量排出上位11業種における炭素生産性と総資本営業利益率(ROA)の関係を調査した結果、輸送用機械器具製造業(自動車製造)は炭素生産性とROAともに製造業平均より高い一方で、炭素生産性とROAがともに製造業平均より低い業種として、素材集約型産業(化学、鉄鋼を除く)を挙げることができる。カーボンプライシング(炭素税や排出権価格)の導入により、炭素生産性の高い業種へのシフトにより日本の産業構造の転換が生じることになる。このことは欧州が脱炭素に向けてやってきたことである。

4.「製造業のサービス産業化」と日本の製造業の将来展望

G7国の中では日本の2次産業のGDP比は30%2018年度)と高い。また、どの先進国も2次産業から3次産業への移行は同じ傾向にある。今後日本の製造業のサービス化が進み、「物的生産が主でサービスが従」というビジネススタイルから、「サービス提供のために物的生産を行う」というビジネススタイルに変化する。また、産業のデジタル化は、消費者との接点を拡大する手段を提供してくれる。

スウェーデンでは2000年以降CO2排出量と経済成長のデカップリングが起こっているが、日本はデカップリングしきれておらず、ようやく2013年以降兆候がみられる。スウェーデンでは、産業構造の転換によりデジタル技術を用いてグローバルに展開する新興企業が生まれ、経済を牽引している。産業構造がものづくりからサービスにシフトしている。新興企業は素材産業ではないためCO2排出が少なく、再生可能エネルギーを利用しやすい。先進国で起こっている産業構造の転換は、実質経済成長率及び賃金の伸びの両方をもたらしている。

最近日本でも優れた技術を持ち脱炭素に挑戦している企業がある。ダイキンは温暖化ガスを含む冷媒が不要で、消費電力の8割を占める圧縮機を用いない「磁気冷凍技術」を研究開発している。また、シンガポールのスマートシティで住民は空調設備を買うのではなく、使用時間に応じて料金を支払うという製造業のサービス化に取り組んでいる。

小松製作所は販売した建機すべてにGPSを搭載し、世界で稼働している建機の使用状況をIoT技術の活用により故障する前にメンテナンスを行うことで建設時間のロスを削減するサービスを行っている。また、別会社を設立し得られたデータの分析等によりサービス向上につとめている。

このように日本の企業でもサービス化への新しい動きが出てきている。また、講演の中で脱炭素とDXがどのように結び付くかの説明もあった。

5.結論

2050年のカーボンニュートラル達成がGDPにどのような影響を与えるかをシミュレーションした諸富研究室と英国ケンブリッジエコノメトリックスとの共同研究成果では、カーボンニュートラルをした方がGDP3.04.5%分だけ増大させる結果となった。

炭素税が脱炭素化投資を誘発し、雇用拡大による賃金上昇が消費を刺激、その効果がエネルギーコスト上昇による消費抑制効果を上回るからである。また、原発フェーズアウトによる投資縮小効果を再エネ拡大による投資拡大効果が上回るため、原発なしのシナリオの方が、原発ありのシナリオより高い成長率を達成する予測である。

まとめるとカーボンプライシングを含む脱炭素化を進める方が経済を成長させるというパラドクスが成立する。日本がこのパラドクスを実現させるためには再エネ分散型電力システムの拡大とDXとの融合、産業構造の転換がキーになる。

(文責:奥村 勝/濱崎彰弘  監修:諸富 徹)