医薬品の開発の歴史

著者: 藤橋 雅尚 講演者: 黒田 誠  /  講演日: 2007年07月19日 /  カテゴリ: 講演会  /  更新日時: 2010年12月17日

 

化学部会(2007年7月度)総会・研修会報告

  時 : 2007年7月19日(木)
テーマ : 講演会 

 

講演 医薬品の開発の歴史

黒田 誠 技術士(化学)・薬剤師  黒田技術士事務所
元武田薬品工業()を経て、日立製作所()勤務
医薬原薬、農薬原体及びその製剤開発と工業化の研究、プラント建設等

1)はじめに

医農薬の開発・生産は大きくメディシナル化学、プロセス化学、マニュファクチャリングに分けられ、演者は主としてプロセス化学の面から携わってきた。
一例を挙げると、イソメ(環形動物)の死骸に群がったハエが死ぬ現象からの殺虫成分ネライストキシンが明らかとなり、独創的な「パダン」や「ルーバン」が開発され、そのプロセス化学に携わった。「パダン」の製法は機密漏洩防止の観点から基本特許しか特許化しておらず、ノウハウ部分が多いため、詳細な技術をお話しできない。本日は医薬開発の歴史、手法、最近の新薬の作用機序などについてお話しする。

2)薬の開発の歴史

鎖国時代、日本の薬の中心地は大阪道修町であった。そこには少彦名神社(すくなひこな神社)があり、日本の薬祖神である少彦名命(すくなひこなのみこと)と、中国で医薬の神様である神農さん(しんのう)が祀られている。毎年112223日には「神農祭」が行われ、健康を祈願する方達で大変賑わい、江戸時代の薬の商いに関する資料も傍の資料館にある。

歴史的に見ると、東洋の医学は紀元100年頃の「神農本草経」に体系化されている。そこには365種類の薬が、上品(不老長寿に効くもの)、中品(活力を増すもの)、下品(有毒だが病を治すもの)に分けて記載されている。 一方、西洋の医学もほぼ同時期の「マテリア・メディカ」(ギリシャ本草)に、動物・植物・鉱物・樹脂・ワインなど958種の医薬が記載され、これが中世まで医学のバイブル的存在となって来たといわれている。

1492年、コロンブスのアメリカ新大陸発見で、新種の植物として馬鈴薯・サツマイモ・たばこ・キナ・コカなどを持ち帰っている。1683年にはキナノキの樹皮(現地で知られていたマラリアの秘薬)を使ったマラリアの薬など、薬効のある植物の探索が続けられてきた。

キニーネ代替品としてカワヤナギに含まれる有効成分の研究(解熱鎮痛効果はサリシンに起因しサリチル酸の配糖体であるなど)が進み、歴史上最初に実用化された合成医薬は1899年にバイエル社が発売したアスピリン(アセチルサリチル酸)である。

1800年以降でエポックメーキングな薬の歴史を下記に示す。
 
1900  天然物からの発見(モルヒネ、コカイン、キニーネなど)
1900
40 アスピリン、サルファ剤開発。
1940
60 抗生物質、抗ヒスタミン剤の開発。
1960
80 Ca拮抗剤(血圧)、β遮断薬(血圧)、H2拮抗薬(潰瘍治療)、抗ウイルス剤開発。
1980
90 遺伝子工学の発展。ACE阻害薬(血圧)、免疫抑制剤、抗老人性認知症薬の開発。
1990
   遺伝子による病気の治療と診断。抗エイズ薬の開発。

特に、抗生物質の開発(日本はこの領域で貢献大)のお陰で、日本人の病気別死亡率は大きく変化し、感染症原因の死亡は極端に少なくなった。代わりに癌・脳血管疾患による死亡率のウエートが急上昇しており、人口の高齢化に伴う疾病対策もクローズアップされてきた。

3)最近の新薬の作用機序

医薬の開発はゲノム創薬の時代に移行すると言われているが、新薬の開発所要期間を考慮するとゲノム創薬が実用化される迄に、まだ1015年近くかかるとみられる。
その間をつなぐ薬は抗体医薬になると推定され、その一端を紹介する。

生理活性物質とその受容体の関係は、鍵と鍵穴で説明される。受容体を介して生理作用を発揮する薬の作用機序は図の通りである。例えば、血管収縮作用を持つノルアドレナリンに対し、同じ鍵を持つプラゾシンを投与するとノルアドレナリンと拮抗し作用できなくなって血管が拡大する。

      

開発手法として、ドラッグデザインなる概念がある。典型的な例として、肥満細胞から分泌されるヒスタミン(イミダゾール誘導体)について説明する。ヒスタミンはH1受容体に作用すると回腸収縮作用、H2受容体に作用すると胃酸分泌作用を持つ。このヒスタミンを2メチル体にするとH1拮抗作用が強調され、4メチル体にするとH2拮抗作用が強調されることが判明し、シメチジン、ファモチジン等が開発され、今では胃潰瘍・十二指腸潰瘍は手術が不要となって、企業戦士に大きな福音をもたらした。

話題の抗体医薬は、免疫細胞(ナチュラルキラー細胞、マクロファージ)が癌細胞を攻撃する際の仲立ちをする物質と言える。作用機序は、免疫細胞が癌細胞の受容体に適合できる鍵を持っていないため、癌細胞の受容体に適合でき、しかも免疫細胞とも結合できる鍵に相当する部分を提供し癌細胞を死滅させる事にある。この抗体と結合した免疫細胞はひたすら癌細胞をめがけて攻撃する為、「分子標的薬」とも称せられている。

欧米に比べ承認が遅れていた血管新生作用を阻害する抗体医薬の癌治療薬が認可された。癌細胞の特徴は血管を新生させて、自分の細胞に栄養分を多く取り込み急速に増殖していく。一方、自分の周囲の正常細胞に対して血管新生を阻害する作用を持つ物質を分泌する。この抗体医薬は血管新生機能を妨害することにより、兵糧攻めにして癌細胞の増殖を抑え腫瘍の縮小・沈静化をはかるもので、今年の4月に大腸癌等で漸く認可された最新の抗癌剤である。

Q&A

Q 高齢化に伴い、アルツハイマー病が増えているが、この領域の新薬開発はどうか?

A 原因はβ-アミロイドの脳への蓄積と言われており、蓄積したβ‐アミロイドを分解する酵素を見つけたとの報道もあるが、開発の問題は評価系が難しい事にある。
例えば、記憶の回復程度をどの様に客観的に判断できるかの測定方法の確立。
現在認可されているのはアリセプトのみであるが、これは現状維持効果しかない。

 

Q 癌について、今は早期発見で対応しているが、抗体医薬を予防薬的に投与可能か?

A 抗体医薬は生きた細胞から培養で作るため、非常に高価(80100万円/月)である。
現時点、大量生産にも限度があり、予防薬としての投与は経済的に無理である。

          (図は講演資料より転載)

文責 藤橋雅尚


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