タンパク質と質量分析とノーベル賞(島津製作所見学研修会)
化学部会(2008年6月度)見学・研修会報告
日 時 : 2008年6月19日(木)
テーマ : 見学会と講演会
講演 タンパク質と質量分析
古沢 一雄 株式会社 島津製作所 田中耕一記念質量分析研究所 課長
はじめに
田中耕一フェローに講演して欲しいとの依頼を受けていたが、フェローは学会での発表などを除いて殆どの講演をお断りさせていただいている。本日は出張中で不在であるが事情をご拝察願い失礼をお詫びする。代理で申し訳ないが古沢がお話しさせていただく。
まず演者の自己紹介をする。神戸大学の大学院(電気工学)を卒業して入社し、分光光度計の電気回路やソフトウエアの設計をしていた。その後4年間アメリカ東海岸で宣伝販売活動を行った後、東京勤務で技術販売を担当していた。2002年のノーベル事件(演者の言)の際、突然当時の業務を全て他のメンバーに引き継いで、即京都に戻るよう指示を受けた。戻ってみると田中の机の上には封を切っていない書類が山積みになっており、内容を確認したところ受賞講演の依頼など重要なものがたくさんあり驚いた。とにかく時間を急ぐので懸命に対応していった。なお、私は受賞式の際は留守番をしていた。
ノーベル賞受賞の研究について
田中耕一がノーベル賞を受賞したことはよく知られているが、一般には親思いであるなどのエピソードが知られているのみで、受賞したのが化学賞であることすらあまり知られていないのが実態である。受賞の対象はタンパク質のイオン化技術であり、大きな分子であるタンパク質を壊さないでイオン化し測定に供する技術である。
ご承知の通り人の遺伝子は27000個程度と言われているが、タンパク質は生理作用を持っておりその種類は1桁上と言われている。タンパク質の分析は大切なテーマであり、その構造を解析するためにも質量を知ることが重要であるため、1985年当時あちこちで質量分析の研究がなされていた。質量分析の原理の例を図1に示す。試料にレーザーを照射して加熱蒸発させると、蒸発したイオンは電荷を受けて質量分析装置の中の空間(真空)を飛行し検出器に到達するが、空間を移動する早さは、質量が大きいほど遅いので、その差を利用して質量を測定できる。この原理を利用した測定装置は既に開発されていたが、タンパク質は分子量が大きいため、レーザーを照射すると蒸発より早く分解してしまい測定できていなかった。
このタンパク質のイオン化技術について、田中ら5人のチームが研究した結果、図2に原理を示すソフトレーザー脱離イオン化法(レーザーを間歇照射)により、タンパク質を壊さないで蒸発させることに成功した。研究ではイオン化補助剤(マトリックス:エネルギー吸収補助剤。物質は高温にすればするほど分解より気化が促進される現象を利用)として、コバルトの超微粉末と溶剤としてアセトンを使っていたが、別のイオン化実験で使っていたグリセリンを間違えて混ぜてしまった。マトリックスは高価であり捨てるのはもったいないのでレーザー照射の試料とし、結果を見続けていたとき、タンパク質ならこのあたりにピークがあるはずと思っていた箇所にピークが出て発明につながった(1985年)。
ノーベル賞について
ノーベル賞は、「人類の役に立っている技術」について「初めてその技術を発見/改善した人」に毎年与えられる。人類の役に立つことを証明するため、独創的で優れた技術であっても、受賞の決定までには15年から20年かかるのが通例である。
2002年の化学賞はタンパク質の分析法を対象とし、「質量分析の分野」でFenn博士によるエレクトロスプレーイオン化法と田中によるソフトレーザー脱着法が半分、「核磁気共鳴」の分野でWüthrich博士が半分を受賞した。(田中氏の賞金は半分の半分で1/4)
その他、当時のエピソードや受賞後の経過などについて、興味深いお話があった。
Q&A
Q ノーベル賞の決定には、発表講演以外に特許も大きかったと聞いているがどうか。
A 特許が決め手とも言われているが、選考過程は50年後でないと公開されないので不明。
Q もったいないという言葉が出てくるがもう少し詳しく伺いたい。
A マトリックスが高価であったことと、試料がわずかであったためと聞いている。
Q 島津製作所の産学協同について教えて欲しい。
A 大学との共同も大切であるが、お客さまのニーズの吸収をもっと大切にしている。
Q 質量分析用のマトリックスは現在何を使っているのか。
A 主にベンゼン環を持った有機物である。
医用画像診断装置展示室見学
医療用診断装置の説明を受けた。最大の特徴は、X線直接変換方式のFPD(フラットパネル検出器)を搭載した診断システムを採用していることである。
注)X線直接変換方式:X線画像を直接電気信号に変換する方式。
X線間接変換方式:X線画像を一旦光画像に変換し、その後電気信号に変える方式
直接変換方式は技術的な困難度は高いが、画像の精度が高まることと、被爆線量を抑制できるメリットがあげられ、島津製作所はこの分野ではトップシェアである。この装置に3次元での照射を加味して、健康部位の被爆をさらに少なくする方式とした検査装置や血管撮影装置が展示されており、撮影された画像を見ながら説明を受けた。
その他の装置としては、PET/CTシステム(陽電子検出を利用したコンピューター断層撮影システムと、X線断層撮影システムを合体させた装置で、ガンの早期発見に利用)がある。この装置はPETでガンの可能性のある部位を把握し、CTでその部位がどの臓器のどこであるかを特定することにより診断する。この装置でも、被爆減少のためPETで問題の無い箇所付近はCTをしないなどのきめ細かい配慮を行う設計方針で、評価を得ている。
分析機器展示室見学
汎用の分析機器から、先端のGC(シェア60%)、LC(シェア40%)、環境関係自動測定機器などを見学した。これらの中で新しいものとして臭気自動測定装置があげられる。これは10種の化学センサーの出力パターンで臭気を識別し、感度の良い鼻を持つ人程度のレベルを達成している。例えばこのコーヒはブラジルコーヒであることなどがわかる。
(図は講演資料から転載)
文責 藤橋雅尚、監修 古沢一雄