私の有機カルコゲン元素化学の展開<セレンの化学を中心に>

著者: 藤橋 雅尚 講演者: 園田 昇  /  講演日: 2009年04月16日 /  カテゴリ: 講演会  /  更新日時: 2011年01月05日

    

化学部会(20094月度)研修会報告

  時 : 2009416日(木)
テーマ : 講演会

 

講演 私の有機カルコゲン元素化学の展開・・セレンの化学を中心に

園田   昇 工学博士 大阪大学名誉教授 元大阪大学副学長
社団法人大阪工研協会 会長

 

はじめに

有機合成化学反応の分野で、アルキレーション、酸化の化学、有機過酸化物の化学、一酸化炭素の利用、ヘテロ元素利用の化学、ランタノイド金属利用の化学等を研究してきた。本日はこれらの中からヘテロ元素利用の化学、特にカルコゲン元素(S,Se)を利用した新合成法の創出に関してお話しする。

セレンを用いた有機化学

元素周期表で酸素族(第16族)のO,S,Se,Teについて、電気陰性度を見ると酸素(O)は3.44と強い電気陰性度を示すが、S2.58Se2.55Te2.1と小さくなる。またO以外は、空のd軌道を持つため原子価拡大が可能になる。水素と酸素族の結合エネルギーを見ると、OH119SH91SeH73TeH64と小さくなっていき、SeTeの水素化物は還元性が強く空気中で分解する。炭素とSe,Teは安定な二重結合を作らないなど酸素とは性質が大きく異り、その特性を有機合成反応に利用できる。

 ケトンと過酸化水素をSeO2の存在下で反応させると、次の二つの反応式で示すように、アルキル基又はアリール基の転移する反応が生起するが、SO2の場合上記の反応は生起しない。

この違いは、SO2は安定であるがSe上の酸素原子は不安定であり、酸化能力が大きいことに起因する。
(注:酸化物同士を反応させると次の反応でSeが生じる。2SO2SeO2Se2SO3

 一酸化炭素(CO)は化学的に興味ある物質であり、求核的にも求電子的にも反応しラジカル反応も行う。SeCO650℃で反応させてセレン化カルボニル(SeCO)を生成させ、これにアミンを加え空気酸化すると尿素誘導体ができる。

この反応は収率の低い反応であるが、次ページに示すように一気圧・室温の条件でも同様の反応が定量的に進むことが見いだされた。さらにこの反応は触媒量のSeで進行することが明らかになった。

Seの添加量は理論量の12%でよく、n-BuNH2を使った例ではターンオーバー数が20,000を超え、触媒として有用であることが分かった。Pd触媒でも同じ反応は起こるがターンオーバー数は100以下であり、尿素誘導体の製造方法として、Se触媒法は非常に有用である。アミンばかりではなく、アルコールからカーボネートの合成にも利用できる。

工業化について

SeCOの反応群は、Sonoda Reactionと呼ばれることもある有用な反応である。尿素誘導体の合成以外にも、図1のような利用が考えられ、工業化に向けた検討もなされたが、いずれも最終段階で中止になってしまった。原因はSeの毒性への懸念である。

  図1 Sonoda Reaction

1930年代にアメリカでセレン含有植物により家畜に中毒が見られたとの報告があり、Seには毒性があるといわれてきた。一方、Seは生体にとって必須元素(過酸化物による障害を防ぐ酵素の一部など)でもある。毒性の面で、SeO2は毒性を持つが、化合物により毒性は異なり、元素セレンそのものは現在ではToxicの表示は不要であると考えている。火山では硫黄に同伴して環境に出てくる場合が多い。なお、日本の環境基準は0.01mg/Lとなっているが、アメリカの基準を参考にしただけであり、しっかりした実験的根拠に基づく見直しが必要であろう。

結果として昔から毒性が強いといわれてきたことが障害となり、有用な反応があるにもかかわらず製品中への残留が懸念され、まだ合成化学分野で実用化されたものは無いというのが現実である。今後、Seの毒性(いわれているほど強くない)への理解が得られれば、水性ガスからCOH2をマイルドな条件で分離する反応剤としても利用できるなど、活用される余地が大きいので期待したい。

Q&A

Q 金属の精錬の仕事をしており、SeTeも扱っている。法的に厳しく規制されているが、お話ではセレニウムの毒性は低いとのことであり、どう考えたらよいか。

A 金属セレンや無定型セレンそのものは、毒性は殆どないと考えており、口から入っても毒性は出ないとされているが、現状では法的な規制に従って欲しい。なお、空気中での加熱により発生する酸化物は酸化性があるので、吸引又は皮膚に付着しないよう扱うなど注意が必要である。

           (図は講演資料より転載)

文責 藤橋雅尚  監修 園田 昇


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