放射線グラフト重合と応用事例

著者: 藤橋 講演者: 阿部 康夫  /  講演日: 2011年04月21日 /  カテゴリ: 講演会  /  更新日時: 2012年05月17日

化学部会(2011年4月度)研修会報告

  時 : 2011421日(木)    18:2019:30
テーマ : 講演会

講演 放射線グラフト重合と応用事例

阿部 康夫 工学博士 社団法人大阪ニュークリアサイエンス協会技術顧問
元大阪府立大学教授

1.はじめに

大阪ニュークリアサイエンス協会は大阪府が原子力の平和利用を目的として昭和34年に設立した大阪府立放射線中央研究所の放射線施設を、端科学技術に関する研究開発について産学官連携の橋渡し的役割を果たすことを目的としている。演者は、コバルト60を利用した研究を行ってきた縁があり、放射線を化学に活用する有力な手段の一つである放射線グラフト重合の研究に直接の経験は無いが、研究会で得ている情報をベースにお話しをする。

 

2.放射線グラフト重合の特徴

放射線グラフト重合は、例えばポリエチレン鎖に電子線またはγ線を照射することによりC-H結合をラジカル化させ、ラジカル部分に種々の官能基を結合させて機能性高分子を合成する手法である。高分子基材は、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリテトラフルオロエチレン、セルロース、ポリエステルなど多岐にわたり、グラフトするモノマーも図1に示すように多くの種類がある。

  ビニルモノマー   テキスト ボックス: 図1 ビニルモノマーの種類

放射線グラフト重合の長所として次が上げられる。
①成型された高分子に後から官能基を与えることが出来る
②汎用プラスチックを原料に使用できる
③官能基が配位結合ではなく共有結合のため強固な結合である

注意点はグラフト重合の結果、材料の性状や寸法が変化することである。

3.付与できる機能例とその用途

付与できる機能として、捕集機能(金属、イオン、酸、塩基、酵素基質など)、親水性、疎水性、防炎性、防虫性、抗菌作用などが上げられる。金属捕集の例として海水中のウラン捕集、温泉水等からの有価金属の回収などがある。

  アミドキシムコピー   テキスト ボックス: 図2 ウラン捕集材の合成過程(UVEB研究会(玉田氏))

ウラン(海水中濃度3.3ppb:総量45億トンがUO2(CO3)34-として溶解)を海水中から回収する例を説明する。捕集材の合成過程は図2に示すとおりであり、吸着試験は青森県むつ市関根浜で行われた。使用した吸着材は、pH6付近で2mg/kg吸着の能力を持つ。捕集材としてモール状の素材を採用して実験を行った結果、吸着剤中のウラン濃度を0.10.3%/吸着材まで濃縮でき、ほぼ人形峠の鉱石と同じ濃度にすることができた。コストを試算してみると、100kW級の原子炉6基で使うことを前提にして、25,000円/kg-Uであった。20088月におけるウランのスポット価格は95/lb-U17,000/kg-U程度)であり、現在は65/lb-U(東日本大震災直後は50/lb-U)に下がっていることから、採算はとれない現状である。

4.グラフト重合の活用について

工業的にグラフト重合を利用するためには、繊維状、布状、フィルム状に加工した素材をベースに採用する必要がある。ラジカル化加工を均一に安定して行う見地から、放射線源にはコバルト60ではなく電子線照射を採用し、1メートル幅での連続加工が可能になっている。生成したラジカルを、次工程まで安定に移行させるため、ドライアイスによる冷却や空気との接触防止など様々な工夫がなされ、一式の装置として市販もされている。

放射線グラフト重合法イオン交換樹脂の特徴として、図3のように市販のイオン交換樹脂は内部に穴を開けて表面加工する方式が採用されているのに対して、担体の表面にもやし状にイオン交換機能を持つ重合体とすることが可能であり、目詰まりし難い製品にできる。この性質を利用してクリーンルーム用空気浄化装置や、半導体産業用金属除去フィルター、タンパク質精製用フィルターなどで実用化されている。

  ビーズ    テキスト ボックス: 図3 グラフト吸着材と市販品(UVEB研究会(奥村氏))

Q&A

Q 説明いただいた吸着能力を今話題になっている放射性セシウムやヨウ素に利用できないか。
A 特定の元素をターゲットにするためには、基礎研究が必要であり今すぐは無理である。

Q 放射線グラフト重合技術は、製造時にコントロールできる技術か。
A コバルト照射法では連続製造装置に対応できないが、電子線加速器が良くなったのでコントロールできる。
  90cm幅で1m/sec程度の処理が可能である。

Q ラジカルは酸素があれば簡単に反応してしまうはずであるが真空で照射しているのか。
A 酸素によるラジカルの劣化をいかにして防ぐかが大切である。
  真空中の方が良いけれども、装置が大型化するので空気中で行っている。
  具体的には電子線照射直後にフィルムでおおい、その後モノマー浸漬槽に移行させて架橋していく。

Q 照射のコストはどれくらいか。
A 把握していない。

Q この技術を都市鉱山からの、希土類回収に利用できないか。
A 選択的に吸着できる官能基が見つかっていない。
  目的物+αの混ざりものとして吸着させ、後で分離する方法であり、ピンポイントでは難しい。

Q 用途について金属吸着以外に、接着性や相溶性の改善などに使えるのではないか。
A 説明しなかったが抗菌作用の付与や半導体への利用など、幅広い用途があり今後が期待される。

文責 藤橋雅尚  監修 阿部康夫)


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