原子力利用の今後と電力安定供給のあり方
著者: 上田泰史、綾木光弘 講演者: 山地 憲治、金氏 顕、大岡 五三實、土田 昭司、マクヒュー 芙美 / 講演日: 2011年05月07日 / カテゴリ: セミナー / 更新日時: 2012年03月31日
シンポジウム(環境研究会・近畿支部)
テーマ 原子力の利用の今後と、電力安定供給のあり方
日 時:平成23年5月7日(土)13:30~17:00
主 催:環境研究会、公益社団法人日本技術士会 近畿支部
場 所:大阪科学技術センター8F大ホール
参 加:190名
目 次
基調講演
3・11福島原子力発電事故後のエネルギー政策について 山地 憲治 氏
パネリストの発表
1.原子力技術者OBとして福島原子力事故とその影響を考える 金氏 顕 氏
2.運転から見た原子力発電事故の問題点と改善 大岡 五三實 氏
3.大事故時の人の心理と情報発信のあり方 土田 昭司 氏
4.生活者の視点から見た原発と安全 マクヒュー 芙美 氏
<シンポジウムに参加してのコメント>
* この時期に、これだけ多彩な人が集まり話し合えたことは大きな成果だと思った。
* パネラーの人選に関して、バランスが取れていたと感じた半面、問題が進行中であり、立場の違いから、議論がやや散漫な点もあったが、問題の浮き彫り、方向付けはできた。
* この問題は収束したわけでもなく、ingであり、技術士として何ができるかを今後とも考え、議論し、実践に移していかなければいけないと強く感じた。
*こうした大きな国難を乗り越えれば、国際社会から大きな信頼を勝ち取れる国になるチャンスでもあると考えた。
(文責:上田泰史、綾木光弘)
※講演の先生方には原稿に目を通していただきました。
基調講演 「3・11福島原子力発電事故後のエネルギー政策について」
講 師:山地 憲治氏 財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)理事・研究所長エネルギー資源・学会副会長、東京大学名誉教授、工学博士
プロフィール:東京大学工学部原子力工学科卒、東京大学大学院工学研究科博士課程修了
(財)電力中央研究所、米国電力研究所(EPRI)客員研究員、電力中央研究所・エネルギー研究室長等を経て、1994年東京大学教授、2010年よりRITE理事・研究所長
● 講演要旨
3・11福島事故で「安全の確保」に失敗し原子力開発の前提である「国民の信頼」を失った。我が国の地球温暖化対策とエネルギー戦略をどうするか?
◆ 福島原子力事故対応と今後のエネルギー政策
・放出された放射性物質による被爆線量とその影響の客観的評価
・原子炉の過酷(苛酷ともいう)事故に対する防災計画とアクシデントマネジメント
・エネルギー・環境政策の再構築
脱原子力エネルギーを含めた複数のシナリオ評価が必要になる。
国の政策は、後出しジャンケン的な要素があり、後手に回っている。
◆ セシウムの大気中濃度の変遷と体内の放射線量
1950年代から2010年にかけてわが国でのセシウム137やストロンチウム90の降下量が記録されており、1950-60年代の大気中核実験時の値は現在の2000年代の1000倍以上に及び、私の少年時代はこの放射能を浴びていた。
元来、人間の体内には放射性物質が存在し、体重60kgの日本人で、カリウム40が4000Bq,炭素14が2500Bqある。
事故発生後の空間線量率の変化を図で説明。
◆ 福島原発の施設外への放射能放出に至る事項の経緯と対応
・地震発生から制御棒全挿入で「止める」操作は出来たが、津波到来で、非常用電源の海水冷却系停止、過熱防止で非常用電源停止し、発電所の全電源喪失(ブラックアウト)、隔離時冷却系も停止し冷却機能停止、「冷やす」ことが出来なかった。水素、核分裂生成物を「閉じ込める」ことも出来なかった。
・原子力安全・保安院の指示した緊急安全対策(3月30日)
◆ 供給側(一次エネルギー供給)
・再生可能エネルギーと原子力の構成割合の見直しで、原子力の穴を新エネルギーで埋め合わせ?
・主要国の風力発電状況(ドイツの伸びが顕著だったが、米国と中国が最近追い抜いた)
・太陽光発電や風力発電等の再生可能エネルギー大量導入時の課題は、設備利用率が低いことと、系統安定対策として、蓄電池の設置や出力抑制等の余剰電力対策が必要であること。
◆ 2020年までの対策シナリオごとの系統安定化コスト試算(出力抑制の有無で複数シナリオ提示)
◆ 当面の対応から長期的なエネルギー・地球温暖化対策の再構築まで
・供給面では火力発電立ち上げ、ガスタービン設置、連携線強化等々
・エネルギーと地球温暖化対策を一体化した政策構築:脱原子力ケースを含めた複数シナリオ評価
パネルディスカッション パネリスト発表
金氏 顕 氏 三菱重工業株式会社 特別顧問 元常務取締役機械事業本部長
◆ 原子炉の緊急事故時安全確保基本シーケンスは「止める」「冷やす」「閉じ込める」、詳細は山地氏基調講演に同じであり省略。
◆
軽水炉には、BWR(沸騰水型、直接サイクル)とPWR(加圧水型、間接サイクル)がある。福島はBWRである。ここ関西はPWRであるが、皆さんご存知ですか?
(会場の殆どはご存知)。津波対策、全交流電源喪失対策は同じく想定はしてなかったが、その後の様相はPWRだったら違っていたと思われる。
◆ 原子力技術者OBとしての教訓と5つの提言
① 津波対策、全電源喪失対策の万全化、今回の事故教訓を今後の安全施策反映へ。
2004年スマトラ沖地震を教訓にしなかったのは悔やまれる。
② 原子力規制の2重3重の弊害、体制の不備
原子力安全・保安院の上に原子力安全委員会があり、屋上屋を重ねている。推進と規制が経産省組織内にある不具合。経産省と文科省等原子力規制等の縦割り組織の弊害。
③ 原子力村からの脱却
推進派も反対派もムラから出て、国民も参加して、エネルギー問題、原子力問題を捉えるべきである。
④ 原子力問題の今後を冷静に考える。
・ 様々なエネルギーの量、質、経済性等を勘案し、最適な組み合わせを考える。
・ 事故直後の原子力忌避症状はやむを得ないが、再生可能エネルギーでは賄えない。
・原子力を今回の事故を徹底的に反映してより安全なものとし、基幹エネルギーの位置付けを変えるべきではない。
・ NASAデータでは21世紀から気温低下しており、地球温暖化の主要因は二酸化炭素ではなく、自然変動ではないか?そうであれば、石炭を見直すべき。
⑤ 放射能アレルギーの解消
・
放射能の教育を怠ってきたツケがまわってきた格好。
「ものを怖がらなさすぎたり、怖がりすぎたりするのは易しいが、正しく怖がることはなかなか難しい」(寺田虎彦)
◆ 今後の電力安定供給のあり方(私案)
・ 世界的には原子力は一時的に停滞するが、米、仏、英、BRICSなど世界の大勢は原子力を安全強化し推進するのは揺るがない。そこで、長期的エネルギー展望は、産業、運輸、経済等の基幹エネルギー需要は原子力発電と石炭火力発電を主とし、再生可能エネルギーは家庭など小容量向けとする電源ミックス。
大岡 五三實 氏 技術士(機械) 工学博士 元大阪ガス(株)・元徳島大学教授
◆ 福島原発事故の直接の問題点:電源喪失による緊急停止後の原子炉の冷却不能と水素爆発
◆
設備システムの強化改善策:
・ 海水ポンプの対津波セルターで囲み破損防止
・故障しにくい、ユーティティ海水ポンプの設置
・緊急炉心冷却兼燃料棒露出防止給水システム、(資料の図1)
・自家発電の一部は常時使用
・使用済み燃料棒冷却システムと水素爆発対策(資料の図1)
◆ 原子力発電存続のための提言:
・ 意志決定の不透明さや不統一性を払拭し、多数の同意が必要
・ 基準・規制の強化は萎縮に繋がる恐れがあり、自由な発想から出た提案も検討する必要
・ 絶対安全主義の見直し(安全は机上の確率計算値でなく、過去のデータも重要視すべき)
・ 制御思考から共生思考(プロセス思考)転換、人が自然を制御ではなく、自然体で共生
◆ 教育訓練とオペレーションマニュアル:設備は安全に対してクリティカルである認識が必要
・ 人間の願望によるコントロール思考から、流体・圧力等の変化などプロセス思考への転換
・ エンジニアとオペレータの意思疎通が重要で、日本は同じ部屋で働く良い風土がある
・ 日本では建設後の設計者側とユーザ側の定期的な意思疎通が少ないように思う
・運転者の他産業との交流、化学工学会「プラントオペレーション研究会の例」を紹介
◆ 結言:
原子力発電の大きな利便性を踏まえ、存続のための同意には、天災やオペレーションミス以外にテロや高レベル放射性廃棄物の問題の存在認識と、原子力発電設備の本質に立ち返った安全性増強が必要である。
土田 昭司 氏 関西大学 社会安全学部 副学部長・教授
<今回の事故とその情報発信のあり方を考えるための基礎的思考>
◆ 人間が持つ情報空間は3つある。
物理的情報空間(技術者にとっての対象と言える)、精神的情報空間(個人的な現実感と言える)、社会的情報空間(世間の常識や世論・マスコミの言説が代表的なもの)
大事故に際しては、この3つの情報空間があること、そしてこれら情報空間は必ずしも一致しないこと、を自覚しているかどうかが特に重要となる。
◆ 事故情報は、なぜ発信されなければならないのか?
日本社会は、平時はリーダー不要社会とも言えるが、こうした非常事態に対しては、リーダーの資質が問われることとなった。
◆ 情報発信者と受信者とのコミュケーション効果
受信側がその発信情報をいかに信頼するかは、自分の経験や本能、論理等と矛盾しないもの、発信者への信頼度等によって、その効果が決定づけられる。
<今回の福島原子力発電所事故と情報発信>
◆ 今回の報道を見て
想定外のことが発生したという情報発信ばかりが目立つが、これはsecurity(事故が起きないようにすること)が破錠したとの情報価値しかなく、事態の打開には何の役にも立たない。今大事なのは、safety(事故が起きても被害を最小限に留めること)の情報発信である。東電等の説明を聞いていても、その思いが大きくなるばかりである。
受信者を助けるための避難情報・安全情報、協力してもらうための避難情報・風評防止情報、納得してもらうための世論形成情報、受信者から助けてもらうための支援・総動員体制情報が重要である。safetyのためには、特に受信者から助けてもらうための支援・総動員体制情報が必要であるのに対して、現状はこれが決定的に不足している。
マクヒュー 芙美 氏 消費生活アドバイザー・消費生活専門相談員
◆ 私は、阪神・淡路大震災で被災の経験があるが、今回は地震だけではなく、津波、原発事故と三重苦の災害という意味で、前代未聞と災害と位置付けられると考えている。
主婦の立場として、今回の原発事故を考えてみたい。
◆ 東電や政府の対応での不信感
これまでの原子力発電所への信頼が崩れ、不信に陥ってしまった。この原因として、スリーマイル以下から突然レベル7に上がり、メルトダウンが起こったのか、など危険性の全容の明確な説明がなく、説明が専門的で一般人には分からない。放射線量などの単位も複雑で分かりにくい。結果的に、第四の被害ともいえる風評被害も引き起こしている。
国際的第三者の国内窓口を設置して、国内外が納得できる情報を発信して欲しい。
◆ 福島以後の電力
最悪の事態も想定したすべての原発設備の総点検をし、公表してほしい。
他の発電方法の実現性・評価・有望度を検討してほしい。自然エネルギーという言葉は、甘い響きがあるが、メリット・デメリットも明確に説明してほしい。どこまで最悪を想像できるかで、安全は担保されると思う。そうすれば、今後は「絶対安全」ではなく、よりデメリットの少ない方を消去法で選択できると思う。
今後の生活対応としては、省エネ・節電の徹底。シンプルライフの実践を真剣に検討しなければいけない。そのためには子供の時からの日常生活全般の省エネ教育と、知識だけではなく習慣として身につける実践が必要だと思う。
<パネラーの意識合わせのために、まずパネラー内部での質疑応答からスタート>
(山地:コーディネーター)まず、実りあるディスカッションをするために、パネラー中で質疑応答を行いたい。質問ありますか?
(マクヒュー)福島原発の実際の現状とは(メルトダウンなどを含め)どうなのか?
(山地、金氏)分かっている範囲であるがということで、現状解説。
(マクヒュー)今回のことは、想定外ということであるが、初期段階で終息させられなかったのか?
(金氏)想定外のことも一応意識にはあった(ある意味では想定内)と思うが、早期に終息させるんだというとっさの覚悟が不足していたのではと考える。
(山地)本日参加の皆さんから事前に質問事項や討議希望事項を聞いていたので、そのうち3つくらいをピックアップして、パネラ-の方々から意見を聞いて、話し合ってみたい。
まず、危険性に関する各種情報は有用であったかどうかについて聞いてみたい。
(土田)正しい情報・正しい知識によって、正しく怖がることがいかに難しいか?多くの人が実体験したのではないか?
(マクヒュー)今回は、一般の人は結構冷静に情報を判断したのではないだろうか?略奪等も起こらなかったことは海外メディアも高く評価していた。
(大岡)自分の海外工場勤務の経験から、現場での混乱時に、それまでの訓練とリーダーの指導力が、混乱を終息するということを実感した。
(金氏)ただ、今回の放射線被爆の問題は、幽霊を怖がることと同じで、目に見えないものに対する恐怖心・アレルギーであり、正しく怖がることが大事。
今回の被害に関しては、同じレベル7とはいえ、チェルノブイリとは大きく違っている。
低線量・広域被ばくということになる。その理解が必要である。
(マクヒュー)関西に住んで、報道される数字やデータを聞いても、「他人事」と思えてしまうので、これを「我事」とする必要がある。ホウレンソウなども、1年間大量に食べ続けても0.5マイクロシーベルトにしかならないというなら、そういう消費者の側に立った説明の仕方が必要であるし、マスコミもそのように対応してほしい。
(土田)マスコミにも、原子力村(原子力推進派の集まり)、自然エネルギー村(自然エネルギー発電推進派)等ある。マスコミも発信に偏りをなくしてほしい。
(山地)次に、日本の今後のエネルギー対策について、さらにそのための人材教育について聞いてみたい。
(金氏)日本の原子力を草創期から経験してきたシニア技術屋が沢山いる。今回も原子力学会シニアネットワークでは30名ほどのチームFを組んで真剣に検討し、外付け緊急冷却システムを4月初めには提言した。1カ月してようやく採用されようとしている。
経験、知恵の備わったシニアの活用をもっと考えるべきである。また原子力以外の技術者との交流も、今回の機会に体験したが、必要である。
(大岡)危険性以外にも多面的に原子力発電を評価できる人材、さらにその人材が非常時に、覚悟を決めて対応できる力を持たせる教育も必要。運転訓練センターの充実も重要。
(山地)今年の夏の対応、今後10年間の対応とかに関して、ご意見を伺いたい。
(金氏)既存の原子力発電所の津波対策、全交流電源対策等の緊急安全対策は出来るので、これらを万全にして運転停止中の発電所の再開が課題となる。浜岡発電所の対応も含め、地元民、国民への緊急対策の説明、納得が重要である。長期的には安全性の更なる追求を継続すること、技術的には色々な対策が考えられる。原子力が基幹エネルギーであるのは変わらない、変えるべきではない、と思う。
(大岡)結論として脱原発はむずかしいと考えている。英知を結集して対応を考えていこう。
(マクヒュー)この夏の対応として、省エネは必須であるが、高齢者は空調が効かないと大変。
<最後に各パネラーから一言ずつ感想を>
(マクヒュー)はやぶさの快挙もある。プロジェクトXの「All Japan版」で乗り切ってもらいたい!
(土田)自分の立場ばかりを考えた情報発信のやり方ではまずい。中立的・的確な情報発信ができる仕組みを創っていこう!
(大岡)グローバルな考え方と日本人としての誇りを持った対応が必要!
(金氏)今こそ、原子力技術者には技術者倫理が大事である。
(山地)お疲れ様でした。限られた時間で議論は尽くせなかったが、日本の現実をしっかりと捉え、将来につながる議論ができたと考える。また機会があれば、続編の議論をしてみたい。
以上