歴史的なつながりの不思議さに想う
著者: 石橋 伸之 講演者: / カテゴリ: 東北地区 / 更新日時: 2012年04月24日
環境研究会 東北研修旅行 参加者報告
日 時:平成24年3月20~21日
場 所:宮城県
歴史的なつながりの不思議さに想う
石橋伸之 技術士(電気電子部門)
1.多賀城市と奈良市が姉妹都市の御縁に感激
3・11東日本大災害が発生して、早くも一年が経過しました。昨年の5月に、東大寺学園父兄会がボランティアに行くから、どうかと御案内を大阪国際サイエンスクラブから頂いたのですが、都合がつかなく、残念に想っていました。今回の訪問で知りました姉妹都市の多賀城市には、奈良市と共に奈良2010年塾の事務局が、支援物資をお届けに行きました。しかし、高齢者であり、組織的なお手伝いのできる機会も少なく、何もせず、気持ばかりの義捐金支援だけの、不甲斐無さを申し訳なく想っていました。
此の度は、近畿本部環境研究会の御計らいにて、多賀城市を中心に訪れる御縁に恵まれ、不思議に想いました。奈良平城京を中心とした律令政府の統治下、724年、陸奥国に市名の由来となった国府「多賀城」が置かれ、東北地方全体を治めていた史跡に行けたのです。
史跡管理事務所から、丁度、駐車場前に出てこられた方に、史跡の広さをお聞きしたら、平城宮跡と同じような1km四方の広大な事に驚きました。礎石が残る政庁跡を囲んで、ほとんど何も無い静かな場所は、平城宮跡の第二次大極殿跡に、佇む様な感じでした。
平城遷都千三百年記念祭・ボランティア支援準備のための奈良2010年塾で、「観光」とは、光を観ることで、単なる物見遊山ではない。確りした目的が必要であると教わりました。
『平城京は唐の都・長安を模して造られましたが、多賀城が古代東北の中心地であった頃、唐は最盛期でした。また、漢詩の詩人として有名な杜甫が、“国破れて山河あり”の句で始まる“春望”を作詩していたのもこのころです。』と案内板に書かれています。「遠の朝廷」と呼ばれた陸奥国府・鎮守府の跡に佇み、今回も大津波が達しなかった高台に設営をした、昔の為政者の知恵と政治力に感慨深く想いを馳せました。これからの将来の事を考えていた、先人の深い洞察力と心の深さを感じました。
写真:神亀元年(724年)創建・多賀城跡の高台で想いを馳せました。遠方に津波に襲われた市街。
2.多賀城市役所の御心遣いに感謝感激
多賀城跡に於いて、昔の津波の教訓を実感し、年月の経つ速さと変わらない人間社会を想いながら、多賀城市役所を訪れました。お忙しいのに、震災から現状までを、御丁寧に心 を込めた御説明を、用意された資料と映像で、分かり易くお話し下さいました。貴重な震災記録DVDと多賀城市地図を御恵贈賜り、被災された役所なのにと感激致しました。
前の日には、女川町と石巻市等を観ていましたので、多賀城市は、がれきがかなり整理されていることを感じました。その理由は、多賀城市の清掃部門の方が、講習会か何かで一緒になり知り合った方にあちこち電話して、米沢市の方に、 お願いできたからだとの、一期一会と 絆の不思議な御縁を御紹介頂きました。「世間は狭い・御縁は無限」とあちこちで体験していて、その尊さに、良かったと心の中で感慨深く想いました。
『昨年4月27日、奈良市長と市議会議長が激励に来庁 され、東大寺の別当である北河原公敬大僧正から託された「辛苦同心 復興同志」(辛くて苦しいことを私たちも同じく心で感じています。志を同じく、復興していきましょう)と揮毫した色紙をいただきました。北河原公敬大僧正の「被災された多賀城市民の皆さんを勇気づけられたら」との思いが込められています。』という多賀城市のHPを帰宅してから拝見し、同じ想いです。
3.人の心のふれあいの秘話に感激
JAXA角田宇宙センター施設をくまなく御案内頂き、H2ロケットの実物を拝見した往復路の車中にて、上條謙二郎東北大学名誉教授から、ロケットエンジンを開発してきた、長年の御苦労話をお伺いし 人の出会いと心意気に感ずるという事例の秘話を、お聞きして、大感激致しました。本気で何かをやろうと決心して頑張ると、目標を成就できる組み合わせが、生ずることを小生も経験し、 信じていました。
「予算が無くて心配していたら、業者が予想以下にして応札してくれ、双方の目的が一致して、良いものを初めて仕上げることが出来た」
とのことでした。これも、今回の御世話役・山本幹事の同級生・上條先生ということと共に、不思議な御縁と成果の嬉しいお話でした。技術だけではない、何かが有ると想います。女川原発は
訪問できませんでしたが、「 先輩が高台に発電所を建設するように主張したことにより、津波の被害を受けなかった」ということをお聞きして、過去に学び次世代を想う、将来での巡り合わせまで想う心です。
先人の知恵というか、心意気を今回は、本当に多々実感出来ました。
高台にある女川町立病院で、玄関の柱に記録された、津波の跡に驚きました。ふと海側を見ると、今井技術士が、御持参なさった花束を今までのものに添えられていらっしゃる、お姿に感激致しました。さすがに心優しい方と敬服いたし、感謝の気持ちで手を合わせました。そして、鍵谷技術士のガイガー・カウンター御持参と諸所の計測にも感激でした。
最後になり恐縮ですが、安ヵ川部会長、幹事の山本・藤橋両技術士はじめ、関係各位に、心から深く御礼申し上げます。種々な御講演と御案内を賜り、有意義な研修ができました。
東日本の復興を御祈り申し上げます。皆様、本当に、有り難う御座いました。
合掌