環境保全をめぐる技術と社会システム
著者: 山本 泰三 講演者: 植田 和弘 / 講演日: 2002年07月20日 / カテゴリ: 講演会 / 更新日時: 2012年08月17日
【環境研究会:第1回特別講演会】
日 時 : 2002年7月20日
「環境保全をめぐる技術と社会システム」
植田和弘 : 京都大学経済学部教授 (工学博士、経済学博士)
特別講演会について
平成15 年(2003年)10月に技術士全国大会が大阪で9年ぶりに開催される。近畿支部の中に実行委員会が組織され、【創】のテーマで、環境技術、生活技術、産業技術、伝承技術、マネジメント技術の5分科会の具体化が図られている。そこで、有識者の方々にお願いして連続して特別講演会を開催することとし、関係各位のご了解を得てその要旨をご紹介する。
1.技術と環境
技術と環境、経済(社会経済システム)相互に深い関係がある。工業(技術)は往々にして環境(自然)に大きな影響を与えてきたが、一方、環境問題の原因は技術にあることが多い。20世紀は工業の進展に伴い環境破壊の世紀であり、環境対策を考え始めた最初の世紀でもある。
2.環境政策と技術
環境政策について成功した例は少ない。また、環境省などの政府機関は欧米でも1970年代にできた(米国1970、日本1971)。一方、我が国の環境問題は、欧米に比べ、経済活動の集中度が圧倒的に高いために早い時期から深刻な公害問題を発生させた。現在の環境問題は、大量生産、大量消費、大量廃棄のシステムを変える必要があり、技術だけでは解決しない。
日本版マスキー法による自動車排ガス規制の評価
1970年頃、アメリカはビッグスリーの政治力で法を延期させたが、日本の自動車産業は競争的であり、技術開発で規制値をクリアーした。重要なことは「排ガス規制対策は単なる環境対策ではなく、総合的な技術対策」であり、その後日本車は米国進出を果たした。OECDはこの対応を「政策選択が技術を制約する」と高く評価した。まさに「必要は発明の母」といえる。
外部不経済の内部化
車の排気ガスは後に出て(公共財である)外気を汚染するが、排出者には害を及ぼさず汚染者であるとの自覚がない。この「外部不経済の内部化」を社会全体のニーズにする必要がある。
1970年代の日本の環境行政は欧米より先進的
欧米では、我が国の大気、水質などにおける大都市部での公害対策を、1970年代企業との「公害防止協定」などで乗りきったもので、ドイツから何度も調査団が日本に来た。
ポーター仮説と規制強化の効用
1970~85年の日、米、欧を比較すると、規制強化が技術を強くしている。例えば米国では1978年のラブキャナル事件(有害物質汚染が深刻な地下水汚染に繋がる)がきっかけでスーパーファンド法ができ、浄化技術が進んだ。一方、同時期に日本でも六価クロム事件が起こったが、国は調査しなかった。
同様に、日本でもドイツでも環境規制の厳しい時の方が生産性は向上している(ポーター仮説)。例えば廃棄物対策としてドイツは1991年に政令(いずれEUでfirst moverになるとの読みがあった)ができ、日本は1997年に容器包装リサイクル法で拡大生産者責任の考え方を導入した。このような戦略的環境政策が重要であり、同時に経済は長期的予測が困難であるが、環境・エコロジーは永続性が基本であることから、技術は環境・エコロジーを考える必要がある。
3.環境技術の欠陥と新しい考え方
end- of-pipeは問題をシフトさせるだけであり、プロセスを変える必要がある。例えば、ゼロエミッション、インバースマニュフェクチュアリング(逆製造系)、クリーナプロダクションなどの概念が出てきた。
大気や水は運べないからその場で行う対策が進み、水処理後の汚泥や焼却灰を運び埋め立てたが、ごみ(廃棄物)は運べるために不法投棄(ミッドナイトダンパー)が起こり、対策が遅れた。
途上国への技術移転についてみると、安いシステムでないと途上国では使えない。また、使う基盤(インフラ)も整備されていないために技術移転は難しく、工夫が必要である。
Q&A
Q:チャンギー空港(シンガポール)や仁川(韓国)を見ると日本ではやりたいことができないのでは?
A:若い人の感覚は敏感。夢があれば学生は来るが、原子力工学などは人気がない。
NIMBY(not in my back yard)の感覚(総論と各論)はどの国も共通。
コンフリクト・リソリューションがテーマ。
日本はまだ下駄箱民主主義の段階で中々本音を言わない(中坊公平氏いわく)。
Q:COP3とCO2排出抑制で米国の対応について?
A:米国は懐が深い。次の手を考えている。
ブッシュ大統領になってナショナルインタレストが強くなったのは事実。
日本は中国やアジアを考えての戦略が重要。
Q:炭素税について?
A:ドイツやイギリスが環境税を掛けるようになってきた。日本も動き出す。
道路財源などを含め、どんな形にするかは次の議論であるが、すでに財務省が検討主体になっている。
Q:環境負荷は今後も増え続けるのでは?
A:脱物質化などコンセプトは欧州から出てくる。
GNP,GDPだけが尺度ではない。生活時間の中に環境時間を設けるのも方法である。
Q:中国などとの関係が深くなってきているが?
A:グローバリゼーションは安いところに移行するだけでは再配置に過ぎない。
「地域が産業政策を進めなくてはならない。」大阪を含め、役所は発想が貧弱。
自分で考える力が低下してきた。
補助金を受けるために基準に合わせようとする。地域産業構想力が低下しているが、台湾は勢いが良い。
「多文化共生(活かし合える)の関係」が必要である。
Q:人口問題と環境問題について?
A:人口爆発は抑制できる。「女性の人権の尊重」が重要。
生活の質が改善されると安定する。
Q:少子高齢化と環境問題?
A:核家族化、世帯数が増えると環境負荷は増加する。
Q:若者の感性について。技術嫌いが増えているのは問題では?
A:同感。モノづくりの重要性は変わらない。
現在は経済が投機化している。
Q:トリクロロエチレンの汚染など、内部告発が続いているが?
A:「環境情報は開示が基本」である。
インドのボパール事件は米国でも同じ恐れがあるために情報開示で理解を得た。
隠すから暴かれることになる。
コメント
講演内容および質疑応答を通じて快刀乱麻、目からうろこというか非常に明快で分かりやすい講演であった。
講師プロフィール
1952年香川県生まれ。1975年京都大学工学部卒業後大阪大学大学院博士過程終了。
1994年京都大学経済学部教授、工学博士、経済学博士。専攻は環境経済学、財政学。
著書:「環境経済学」「環境と経済を考える」など。
環境問題研究を通じて工学から経済学へ。
「どうなるかではなくどうするか」を考えることがモットー。
文責 山本泰三