記録技術の歴史と現代の記録
近畿本部 化学部会(2013年10月度) 見学・講演会報告
日 時 : 2013年10月18日(木) 12:00~15:00
場 所 : 日立マクセル株式会社 京都工場、サントリー山崎蒸留所
講演 :記録技術の歴史と現代の記録
角谷賢二 理学博士、関西大学学長室シニアアドバイザー
元日立マクセル取締役CTO
1.記録とは
記録することから文化が生まれた。記録媒体は石に描くことから始まり、粘土、紙、磁気、光、電子へと進化を遂げてきた。
図1は32,000年前に描かれた人類最古のランスシェーヴェ洞窟の壁画であり、動物の絵が描かれていることから当時の様子を知ることができる。古代メソポタミア(BC3500年)では粘土板に傷を付けて記録し、古代インカ(1400~1500年)では縄の結び目で記録している。紙と墨を使った空海の記録(800~812 年頃)は文字記録として殆ど劣化せずに残っている。その他にも記録媒体として織物を使った例もある。たとえば、フランスのタピスリー「貴婦人と一角獣」など世界的に有名な織物の記録である。
図1 ショーヴェ洞窟の壁画(1994.2.18に発見)
このように記録とは、対象の性質や状態をある媒体上に残し、それが保存されていることを言い、良い記録とは次のように定義できる。
①記録した情報を正しく取り出せる
②記録した情報を長期にわたって保存できる
③繰り返し使用できる
④少ない媒体でたくさん記録できる
⑤より早く記録・読み出しができる
⑥安価に記録できる。
2.磁気による記録
磁気記録は1894年にポールセンがピアノ線に記録したのが最初であり、80年以上を経過しても情報を取り出すことができる。塗布型の磁気テープが発明されたのは1930年であり、構造は図2に示すとおり針状の磁性粒子を長手方向に配向させ部分的に磁化させることで、情報として記録する。この基本技術が現在も使われている。
図2 塗布型磁気テープの構造
磁気テープ実用化における最大の課題の一つは、塗膜の平滑性であった。磁気情報はヘッドによって書き込み読み出しを行うが、テープとヘッドは近い方が良いのに対して塗膜表面の微細な凸部が障害になってトラブルが発生した。マクセルは特殊潤滑剤による方法で対応に成功し高い評価を受けた。
コンピューターテープの記録容量を見ると1990年頃は120MBであったが、2000年には100GBにまで発展してきた。これに合わせて磁気テープも磁性体の微細化技術が発展し、特に米国製コンピューターのバックアップ用に使うリニアテープの需要により技術が結実していった。この頃が磁気テープの黄金時代であり競争も熾烈であったけれども、技術者にとって最も楽しい時期でもあった。IBMとかHPといった世界のトップメーカーと共同して技術開発に努めた時代でもある。
2000年~2010 年は記録容量が100GB~10TBにまで増加したが、その技術は次によって支えられてきた。
①磁性粒子の微粒子化(200~300nm→20~30nm)
②二層塗布技術の開発(磁性層0.1µmの塗布厚み、500kmの高速道路に0.05mmの厚さで塗装するレベル)
③磁性層表面の平滑化(琵琶湖の湖面に浮かぶ木の葉の凹凸程度以内のレベル)
④テープの高精度スリット技術
⑤高精度サーボトラック記録技術(長さ500kmのボーリングレーンで、スペアがとれるレベル)。
3.光による記録
1990年代磁気による記録方式の高密度化が限界に近づき、光による記録(CD,VD)に時代は移っていった。光ディスクによる記録の原理は、図3のようにレーザー光線をレンズでトラック上に集光させると、ビット以外の部分では光が反射されて戻って来るが、ビットの部分では入射光が回析現象により、レンズ部に戻って来ないことを利用している。
ディスクの製造には二つの方式があり、光ROMはスタンパという原版を作り、プレス装置でビットの形状を複写することにより量産する方式である。一方、相変化光RAMは記録層の結晶状態と非晶状態による反射光の差を利用して識別する方式である。
図3 回析を利用してビットを識別
光磁気RAM(MO)は磁性体ディスクをレーザー光で加熱すると、キュリー点(磁性が無くなる温度)を超えた部分のみ周囲とは磁性が異なる状態になる。磁性の変化した部分は反射波の偏光が異なる現象を利用した記録方法である。
日本のメーカーは前述のように、磁気テープの時代では磁性粒子の取扱や塗布技術などケミカルな技術の下支えがあったことからトップを走っていた。しかし光ディスクの時代になると、技術レベルこそ高いが量産型生産方式で対応できるため、製造コストの安い、台湾・インド・中国メーカーが優位となり、国内生産としては太陽誘電がCD-Rを生産しているのみになってしまった。これまでの反省から、BD(ブルーレイディスク)の開発について日本メーカー主導で進めてきたが現在の立場を維持して欲しいと考える。
4.電子による記録
1970年代に舛岡富士雄博士(東北大学名誉教授)がフラッシュメモリーを発明した。その後開発が進み容量でみると、1996~98年:32~64MB、1999~2002年:256MB~1GB、2003~06年:2~16GB、2007~12年:32~64GBと急激に進歩してきた。
BDは片面2層で50GBまで進んでおり、電子と光記録は、お互いの特長を生かした形で発展していくと考えている。
4.記録技術の進歩と人間の記憶の進歩
現代人は右脳と左脳そして携帯脳で日常生活している。以前は電話番号を覚えていたが、今は携帯に聞く時代になってしまい、この様な傾向は継続すると思われる。脳の海馬にチップを埋め込んで記憶したり、腕時計のような機器を使って皮膚を通じて脳と通信する研究が始まっている。子供や孫の時代には実現する可能性が有り、人間は記憶だけでなく「考えること・ひらめくこと」を進化・発展させるべきであると考える。
Q&A
Q 磁気テープは残るのか、また使い分けは出来るのか。
A 儲かるビジネスとして残るかどうかは疑問である。しかし、世界の放送局は磁気テープで保存しておりその状態はまだ続く。光ディスクは100年程度保存が可能。光・磁気に関しては技術者が少なくなってしまったので開発力が落ちている。なお、フラッシュメモリーは、韓国、台湾メーカーが強くなっている。媒体は使い分けができ、それが大切である。
見学
講演の後、日立マクセル歴史館を見学させていただき、その後サントリー山崎蒸留所に移動して発酵・単蒸留(2回)・エージングの工程を見学した。
文責 藤橋雅尚、監修 角谷賢二