知識の構造化(技術士会講演より)

著者: 山本 泰三 講演者: 小宮山 宏  /  講演日: 2007年07月31日 /  カテゴリ: 講演会  /  更新日時: 2012年08月17日

 

技術士法制定50周年 基調講演  070731

 

知識の構造化と技術士への期待 

   小宮山宏東大総長 基調講演録より (2007731日)

 

紹介の前に

日本技術士会会長挨拶より、技術士法制定50周年記念に際して、昭和32年に技術士法が制定されて50周年になり、シンポジウムの開催、記念誌の発行等に関する挨拶がなされた。
日本技術士会の活動方向については下記の3項目が挙げられている。

技術士の活動範囲の拡大
   
会員の拡大。企業、コンサルタント等から行政、教育・研究機関に広げる
   行政や社会に向かっての情報発信

技術屋として40年位やってきた。科学技術者の社会における役割、科学技術立国といわれているが、科学技術者が尊重されていない。また、技術屋としてもっと社会に向けて発言し考える必要がある。

 

基調講演 「知識の構造化と技術士への期待」 

小宮山 宏 東大総長

技術屋として40年ぐらいやってきた。科学技術者の社会における役割、科学技術立国といわれているが、科学技術者が尊重されていない。また、技術屋としてもっと社会に向けて発言し考えること。

1)課題先進国「日本」

原子力発電のように知はきわめて細分化されている状況で、人間は今、全体像を要求されている。これをつなぐのは技術屋の仕事である。
何で環境汚染、廃棄物の増加、少子化、高齢化が生じているか、その基本的背景は、日本が狭い国土で膨大な人口を抱え、巨大な生産を行っている資源に乏しい課題先進国だからである。しかし、1020年先の中国、インドが先進国になり、世界中の主要都市が日本のような状態になる。日本は先進国としての自覚を持つ必要がある。世界の11%を生産し、世界第2位の経済大国である。
エネルギー消費から見るとCO2排出は世界の4.6%と圧倒的に優れている。

a)セメント生産での世界のエネルギー消費

1960年頃から4世代プロセスが変わり、世界最高である。一方、米国は日本の1960年代位であり、エネルギーを安くする政策のためである。中国は世界の45%生産で、アメリカと同程度のエネルギー効率と考えられるが、最近日本から省エネ機器が入りだし、今後の改善が期待できる。

b)自動車のエネルギー効率

自動車は摩擦がなければ、エネルギーはいらない。日本の車は同重量であれば、欧米の車に比べ、20%程度エネルギー消費が少ない。ハイブリッド車はアクセルを離すとエンジンが切れるなど、エネルギー効率が高い。

c)世界の火力発電と排出硫化物量

世界で動いている排煙脱硫装置4000台の80%は日本で動いており、課題があったからである。

環境に取組んだ例

北九州の工場の煙や海の汚染は現在、解決しているが、課題があったからである。
省エネルギーが進んだのも、エネルギーコストを下げるのが企業の競争力だったからである。
名古屋の藤前干潟問題で、ごみ処理場の建設をやめ、コンセンサスを取ってゴミを16種類に分別した結果、ゴミは7割に減った。同時に燃えない焼却残渣が10%と大幅に減った。
21世紀の社会モデルに一番近いのは日本であり、自分の問題に自分で答えを出すことが大切で、牽引するのは技術であるといいたい。

2)膨張の20世紀

20世紀、あらゆるものが膨張した。人口は3.5倍、穀物の生産は7.5倍に増えた。工業生産は鉄鋼など20倍に増え、これに応じてエネルギーが20倍に増えている。その80%が化石資源だから、CO2が増加し、温度も0.7あがった。石油は使いやすいので約半分、森林は60%が消費され主に農耕地になった。人間の活動が地球に影響を与えるほどになったのが20世紀の本質である。

3)知識の爆発と構造化

知識がどれくらい増えたか、ここらが技術屋として大事にすべき問題である。
光合成に関する知識もそうであるが、あらゆる領域で100年前と比べたら1000倍位に増えている。

問題は知識が非常に狭くなってタコツボになったことである。コンピュータの2000年問題である。結局大したことは起こらなかったが、全体として見通せる人は一人もいなかったことが重要である。
1982年に論文の再投稿について実験したが、再投稿であると気づいた人は極少数だった。すなわち、一人一人がカバーできる領域は狭くなっていることを示している。

4)ビジョン2050

知識が増えた結果、全体像が見えなくなったことが、人類にとって極めて重要である。それで、20年来、知の構造化を唱え「知の構造化センター」を作った。全体像を作るために「ビジョン2050」を提案している。エネルギーと物質環境に関するトータルなビジョンである。循環型社会は可能だと思っている。それは鉄が基本的に回っているのが大きな意味を持っている。

a)理論と技術

省エネの程度を今までの統計分析するのではなく、これから先は理論であり、技術である。技術屋はこれをいわないといけない。明確にエネルギーには、人間が超えられない熱力学理論がある。
例えば海水淡水化について、理論値は24気圧で、現状は80気圧である。海水の側に24気圧かけると真水が沁みこめなくなるのです。真水側を80気圧で圧すと、海水中の真水が真水側に出てくる。これが膜法による海水淡水化です。

技術が進むと24.1気圧と56気圧の省エネが可能です。海水淡水化法は他にもありますが、理論値は同じで、1リットルの真水を海水から作る最小エネルギーは24気圧×1リットル、すなわち2400ジュールです。これを理解してもらうのが大変である。

b)熱・電気理論

1kWの電気を使うと最高43kWの冷房ができるが、これを上回ることはできない。省エネエアコンは毎年出る。理論値と構造の差を議論すると、最後は磁石まで行きつき、磁石もまだよくなる。 大事な理論と現実を見て比較し、技術の可能性を評価する。それで国の目標,世界の目標を考えていくことが重要な時代に入ってきている。

c)必要が新たな技術を (医療チップ)

よい医療チップができれば、1μリットル血液検査ができるし、技術屋の世界である。
社会のシステムが一番の日本の問題になるが、技術を統合すれば大きなマーケットになり、利用する人が100倍、マーケットが10倍になるのが、技術によるイノベーションである。これは高齢化社会の医療の基本であり、これで問題だと思ったらお医者さんに相談に行くシステムにする必要がある。

医療費が32兆円から100兆円になるのを、70兆円は新しい産業ができて負担するのである。そのようなイノベーションをするのが優れた先進国である。

d)フランス革命と現在の日本

フランス革命で自由・平等・博愛・民主主義という原則を作って、その後の世界に取り入れられた。
イギリスは議会制民主主義も権利の章典を作っている。ドイツの化学産業は、インディゴ、アンモニアをケミストリーの力で作った。これらは、必要に応じてやったのである。アンモニアで肥料が作れるようになって、農業生産が爆発的にのびたのである。 日本も高齢化社会の中で、知を統合して技術開発をやらないといけないと思う。

e)小宮山ハウスでの実験

日本の家はまだアジアに本当にふさわしい家になっていない。5年前に家を作り変えるチャンスがあり、断熱などの工夫をして徹底的な省エネなどを行った。5年間の実験で7割方成功した。とくにエネルギー自給率60%、太陽電池でオール電化で電気代が1年間で5万円になっている。

f)技術の構造化

技術の統合のために、細部が必要になる。専門家がそれぞれエアコンという全体像の中に位置づける必要がある。それから、エコハウスができ、全体像を共有していく。自動車も同じである。東大のモデルは自分たちで作ったもので、モデルは自分で作るのが先進国です。社会の背景が違うから、日本にふさわしい大学は日本人が作るのが当たり前です。これから先を見て、モデルを作るのが我々の使命で、技術は社会の中にしっかりと入り込んでいる。

5.大学の取組み(知の統合を目指し)

東京大学には非常に多くの教授会があり、大学の経営は企業の経営より大変と思っている。
人間の体は心臓、腎臓が体の中に分散して存在し、自律的に動くが全体として協調して生命の営みを行っている。それが自律分散協調系である。
大学は真ん中に自律分散的に創造された知識がある。これを自律分散協調形にすることが重要と考えている。外で全体像を失った人たちが、それぞれ勝手にやっているのでは、下手をするとブラウン運動になってしまう。こういう方向の人たちで、こういう方向のものを、ここに作ったらどうかというのが、目標に向けた構造化である。

昔は簡単でペニシリンができると化膿が直り、薬屋が儲かった。今は、ガンの遺伝子が発見され、免疫のメカニズムが発見されても、ガンはまだ治らない。それは、複雑になったからで細分化した知を統合していくことが、極めて重要な時代に入った。「知の構造化センター」は、知的価値、社会的価値との関係付けの中で、自分の位置づけを再発見できる。自律分散的なアクティビティの中でシステマティックな考え方ができるのである。

日本は課題が多い。だが、それを解決してきた実績もあり、技術の果たす役割はきわめて大きいと思う。 

 (文責:山本泰三)


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