ヘムを特異的に開裂する酵素ヘムオキシゲナーゼの構造生物学
近畿本部 化学部会(2013年12月度) 講演会報告
日 時 : 2013年12月7日(土) 17:00~18:00
場 所 :(公財)日本技術士会 近畿本部 会議室
講演 :ヘムを特異的に開裂する酵素ヘムオキシゲナーゼの構造生物学
福山恵一 理学博士 元大阪大学•大学院理学研究科•教授
現大阪大学•大学院工学研究科•特任教授
1.ヘム酵素及びヘムタンパク質
ヘムを持つ酵素は生物界に広く分布しており、図1にヘムの代表的な構造を示す。ヘムは酸化還元反応に関与し、ヘモグロビンが酸素の運搬に寄与していることはご存じのとおりである。ヘムは種々の酵素中に含まれており、活性酸素を利用した有機物の代謝に加え、酸化還元反応やガスセンサーとしても利用されている。
図1 ヘム
ヘムは生体内ではヘムオキシゲナーゼにより特異的にα-メソ位で開裂される(図2)。本日は、演者らの研究成果の中から、ヘムオキシゲナーゼ(HO)がなぜα-メソ位を開裂するのかなどに関して研究を行ってきた成果の概略をお話しする。
図2 ヘムオキシゲナーゼによるヘムの開裂
2.ヘムオキシナーゼ(HO)の反応スキーム
ほ乳類ではHOは肝臓と脾臓に多く含まれ、ヘムを消去する役割を果たしており、表現を変えると鉄の代謝(リサイクリング)に寄与している。植物およびシアノバクテリアではテトラピロールの生合成に、病原菌では鉄の獲得に使われている。
図3に示すようにprotohemeを酸化してa-hydroxyhemeとし、verdohemeを経由してbiliverdinに開裂することが基本のフローである。この反応の過程で、ヘムに強く結合する性質があり生物に危険な一酸化炭素(CO)を放出するが、どの様にしてHOはCOによる阻害から守られているのかなど興味深い課題である。
図3 HOの反応スキーム G. Kikuchi and T. Yoshida, TiBS (1980)
3.HOによるヘム開裂における解決してきた問題点
HOはタンパク質であるので、HOを精製し結晶化しSPring-8などでX線により構造解析を行う方式で研究する。ラットのヘムオキシゲナーゼを大腸菌で発現させ、ヘムとHOの複合体の結晶(図4)を作った。図4の左図で中央やや下部にあるヘム環の開裂において、解決するべき問題点を順次解明していった。
図4 ラットのヘムオキシゲナーゼとヘムの複合体
Omata et al. Acta Cryst. D54, 1017-1019 (1998)
M. Sugishima et al. FEBS Lett. 471, 61-66 (2000)
①ヘムはどのようにHOに取り込まれるのか
ヘムを含まないHO(apo-HO)とヘムを含むHOの構造を比較した。ヘムの持つプロピオン酸基がまずHOの塩基性アミノ酸と相互作用し、順次ヘムを被い近位ヒスチジンがヘム鉄に配位するなどしてヘムポケットが出来て、ヘム- HO複合体が形成すると考えられる。
②なぜヘムはα-メソ位で特異的に開裂するのか
O2分子を使った実験は困難を伴なうので直線形の、-N=N=Nと-N=Oを使って構造を決定した。図5は電子密度を示した図である。棒状の分子はヘム面に対して傾いて、しかもa位の方向にのみ向いて結合している。このことから、この酵素は立体的にO2分子がα位の方向に向くようにデザインされ、活性部位には基質を結ぶ水素結合ネットワークを構成して、触媒機構に関与している。
図5 ヘムポケットの構造(-N=N=Nと-N=O)
③ヘムHOはどの様にしてO2とCOを区別するのか
図3に示すように、反応過程でCOが生成する。HOがどのようにしてO2とCOを区別しているかを調べるため、-C≡O、-C≡Nを使って②の実験と比較した。図5では斜めに結合する構造であるのに対して、この場合(図6)は垂直に結合する。垂直構造は立体障害が著しいのでCOとHOは結合しにくいと結論出来る。
図6 ヘムポケットの構造(-C≡O、-C≡N)
④COが遊離するとどの様にふるまうか
反応生成物のCOの挙動を調べるためCO-ヘム複合体を、極低温下の暗所でレーザー光を照射しながら回折強度を測定した。レーザー光照射と非照射の電子密度を比較した結果、ヘムの近辺に疎水ポケット(site-2)があり、そこにCOがトラップされることが分かった。
⑤ビリベルジンと鉄は反応後どの様にHOから遊離するのか
反応で生成した、ヘムの分解物(ビルベルジン)と鉄がHOから遊離されることにより、一連の反応は終結する。研究では-C≡NタイプのヘムHOを、ソーキング法(※1)を使ってHO-ビリベルジン-Fe結晶を調製し電子密度を比較した結果、水素結合の配位が変化していることが判明し、結果としてHOから遊離されることが分かった。
※1)タンパク質の結晶は50%近くのH2Oを含んでいることを利用して、タンパク質の結晶を基質を含んだ溶液にひたすことにより、基質をタンパク質中に取り込む方法
Q&A
技術士の携わって行う研究と、自然界の原理に迫る研究との違いについてディスカッションがなされたが、省略する。
文責 藤橋雅尚、監修 福山恵一