生物センシング工学の現状と課題
公益社団法人
日本技術士会近畿本部登録 環境研究会 第71回特別講演会要旨
日 時:2015年8月3日(月) 18時30分~20時30分
場 所:大阪市 アーバネックス備後町ビル3階ホール
講演 : 生物センシング工学の現状と課題
講 師:京都大学農学研究科地域環境科学専攻 生物センシング研究室
教授 近藤 直 (農学博士)
【生物センシング工学のスタッフ】
スタッフの内で学生は41名。日本人と外国人が半々で、全員英語でコミュニケーションしている。次の10月入学は15名の見込みで、全て外国人。
研究対象は特に問わない。音と光と画像技術を使って生物からさまざまな情報をセンシング・解析し、人々の暮らしに役立てる研究を行っている。
【光と生物材料】
光なら、X線、紫外線、可視光線、赤外線や、光と電波の中間にあるテラヘルツ付近も利用する。
可視光線でトマトの表面を画像処理すると、結露水でハレーションを起こす。水滴がついいていなくても、クチクラ層やワックスでピカピカと光る。偏光フィルタを2枚使うことで、ハレーションを除いて表面の画像処理ができる。
画像処理では散乱光を見ている。太陽光に2枚の偏光フィルタは難しい。P偏光はある入射角(50度:Brewster angle)でゼロとなる性質があり、S偏光のフィルタだけで良くなる。
【生物材料の光学的特性】
近赤外線は植物が反射しやすい。糖度はその領域で測れる。土の表面反射は水分量でもあまり変わらない。肉類を観察すると脂肪細胞で反射している。バッタやカマキリの表面反射は、葉っぱのスペクトルに近い。
魚類は紫外線領域で反射している。鯛の例では、上が黒く下が白い。空中の鳥や、水中深いところの大型魚類から見えにくくなっている。
【精密農業】
データを如何に取って、翌年の農業に活かすかが精密農業。「最小の投資で最大の利益」を得るように、GPSや土壌センサでデータを取り、次の年にフィードバックしていく。
○土壌センサでは、水分量、有機物、窒素、pH、電気伝導度を測る。GPSと連動させて、測定結果を記録してマッピングする。ほ場管理では、自立移動ロボットで、作業記録を自動保存する例もある。
○苗生産では、接ぎ木ロボットや挿し木ロボットも開発した。
○栽培管理では肥料散布ロボットがある。土壌センサの測定記録と過去のロボットの作業記録から、施肥や農薬散布量を調整し、安全性を確保する。
○収穫用のロボットは1990年代に活発に研究された。トマト用やイチゴ用を開発した。
果実選別施設では、近赤外線を使った糖度測定と、X線検査の他、6台のカラーカメラで回転させて6面を撮影するセンサを開発した。腐りかけの果実を選別できなかった。そこで、紫外線で蛍光物質のピンホールを測定するよう改良した。WhiteLEDでカラー画像を撮影し2m秒後にUVLEDで撮影する。蛍光物質は様々な農産物に含まれており、紫外線を当てると発光する。
○米にも蛍光物質が含まれる。新米より古米が光り、時間が経つと蛍光物質が増える。
○ピーマンでは維管束、種、皮で光り、すくなくとも3種類の蛍光物質が含まれている。
○人参は根菜で維管束が光る。化学薬品由来と思われる。
○みかんは表面が光る。残留農薬由来と思われる。
紫外線の励起周波数を変えて照射し、発光する蛍光の周波数を分析すれば、化学物質も判別できる。他国の研究者とも連携して、タイ米、マンゴスチン、キャッサバなどの蛍光物質もDB化しつつある。
選別機は改良されてきており、例えばサタケでは、カメラ2台でお米を一粒ずつ見て、異物を取り除いている。栃木県では、選果ロボットを利用したトレーサビリティを実施している。トマトなら、6枚の画像処理と、近赤外線での糖度測定結果を12桁の番号でRFIDに記録しているところもある。
【精密畜産】
牛肉の品質の指標にBMS(注;Beef Marbling Standard;牛脂肪交雑基準)がある。神戸ビーフはBMS9~12に相当する。霜降りの肉牛を肥育するには、ビタミンAを下げると脂肪と筋肉が混ざる。
ビタミンA濃度は血液検査で測るが、再三血液検査をすると肥育牛にストレスがかかり、BMSは3や7に戻る。ビタミンAを下げすぎると、ビタミンA欠乏症になる。
そこで、目で健康診断する手法を開発した。肥育牛が取水箱で水を飲んでいる間に、瞳に光をあて網膜を撮影する。網膜が青であれば健康でビタミンAが足りている。網膜が赤ならビタミンA不足である。
餌槽のドアフィーダは肥育牛1頭毎に対応している。肥育牛ごとの健康因子、環境因子と、枝肉からの品質情報とをDB化しつつある。7年実験してきて、あと5年で実用化できる。和牛を外国へ展開する品質保証に役立つ。
【精密ふ化】
ブロイラーは21日間37.8℃に設定されたインキュベータ(ふ化器)でふ化される。21日目にふ化していなければ殺される。そこで、21日目にほぼ同時にふ化するよう、各卵を計測した。分光やサーモカメラで計測すると、4日目に変化がおき、±3.5時間の誤差範囲でふ化日を予測できた。8日目からは心拍数も計測できる。毎分240~270回の心拍が、37.8℃から温度を下げ24℃にすると停止する。
【精密水産】
水中での魚の体積計測を試みた。マグロの養殖場で大小を選別することを想定し、ヘルムホルツ共鳴で体積計測する実験装置を製作した。ブルーギルとヒラメを使って魚の体積と共鳴周波数との関係を求めた。ブルーギルでは差があったが、ヒラメでは差が見られなかった。このことから魚の体積ではなく、浮き袋の空気と共鳴していると結論付けた。
将来構想だが、マグロを給餌する際に体積を測定し、大型と小型に選別したい。カキやエビ、カニの選別にも応用できるかもしれない。
【アジアの状況】
インドは12億6000万人で、毎年2560万人増えている。中国は13億5000万人で1590万人増えている。日本の100万人より桁違いに多い。近い将来20億人分のお米を増産しなければならない。
そのために、日本の卓越した食料生産技術を各国へ導入していくべきである。それが、地球規模の「生命・食料・環境」問題の解決となる。”Think globally Act locally”である。
【まとめ】
・第一次産業における光利用は、X線から赤外領域までに及ぶ(最近ではTHz領域も)。
・対象は植物(果実、穀類、苗、花き、木材等),動物(家畜、卵等),土壌、魚類、昆虫など多岐にわたるが、それらの光学的特徴を利用することが重要となる。
・労働生産性の向上、食料生産の情報化に貢献している。
質疑応答;
Q;農業分野でのロボット利用は理解できた。林業分野の状況はどうだろうか?
A;農業分野よりも林業分野でのロボット利用は難しい。急峻な斜面にはトラックや機械類が入れない。バイオマス利用はその地域で消費されるが、間伐材を山から出すにも費用がかかる。林業担当者だけでは限界があると思う。環境税を広く徴収して、山を守るのが良いと思う。
Q;農産物の残留農薬を光で確認できたのか?
A;農薬と化学肥料と有機物との光の差がわかれば識別できるかもしれない
Q;土壌の劣化を防ぐことはできそうか?
A;土壌そのものは農業土木の分野。機械の立場では生産性をあげることであり、農産物の一番良い状態の時に、収穫できるようにすることと考える。
Q;みかんの腐敗の例で、人間とセンサの差は?
A;人間は形状だけを見ており、ピンホールや糖度は判別できない。センサで糖度を測ると、付加価値が付いて高く売ることができる。
Q;スイカの選別はできるのか?
A;スイカは20年ほど前からできている。糖度や「す」の有無もわかる。振動とキャパシティと近赤外線で測る。
以上
(文責 桶屋眞士、監修 近藤 直)