最近の技術者倫理はどうあるべきか?

著者: 藤橋 雅尚  /  講演者: 伊藤 博 /  講演日: 2015年8月8日 /  カテゴリ: 化学部会 > 講演会  /  更新日時: 2015年09月14日

 

近畿本部 化学部会(20158月度) 講演会報告

  時 : 201588日(土) 14:0016:30
  所 : 近畿本部会議室

 

講演2 :最近の技術者倫理はどうあるべきか?

伊藤 博  技術士(化学)  元 新日本理化株式会社

1.はじめに

本日は現役引退後、学生に教えている内容をかいつまんでお話しする。内容は、編集者の一人として発行した「技術者による実践的工学倫理:株式会社化学同人」をベースとし、技術倫理と技術者倫理(≒工学倫理)の違い、技術者倫理が何故必要であるのか、技術者の社会における役割と倫理についてなどである。

2.倫理と技術者倫理

倫理の分野には、モラルと倫理と法が関係する。倫理とは、人として守るべき道を示し善悪・正邪の判断において普遍的な規範である。別の表現をすると、(広義での)モラルに基づく判断を規範としたものであり、自律的規範が倫理、他律的規範が法である。倫理には、技術倫理だけでなく、政治倫理・医療倫理・放送倫理・生命倫理など数多くの対象範囲を含んでいるが、技術倫理の一分野である技術者(工学)倫理について考えてみる。

○技術倫理とは、技術者個人でなく技術者群を対象としており「特定の技術と社会の関わり」を扱う。具体的には原子力・万能細胞・情報漏洩・リコール等である。

○技術者倫理(≒工学倫理 )とは、技術者個人が対象であり、問題に出会った時の「技術者個人の倫理的葛藤」を扱う「心の問題」である。このことから、技術分野・国籍・人種・宗教を問わず共通のものである。

3.技術者(工学)倫理とは

あらゆる技術は、危険なものを安全に扱うための知恵であり、専門性以外に高い倫理性を求められる。若者が誇りをもって技術者を目指すためには、技術者を尊敬し大切にする社会を目指す必要がある。しかし、技術は大衆が理解し難くなるほど高度化した結果、現代では「技術者は社会(公衆)に対し特別の責任を負う職業」となり、高い倫理性が求められる。

技術者倫理の必要性は、「技術は人類の生活レベルの向上・拡大を目指して、ますます高度化・巨大化に進んだ結果、技術が社会(環境)を変えたり、地球的規模の影響を与えたりする。」ことが前提となる。技術者に課せられる責務はますます厳しく、大きくなってきている。危険な技術を担当する技術者は、一般の人々より 高い責任感と倫理観 を持たなければならない。

技術者として仕事を進めていくと、法規・安全・環境・資源問題・知的財産・情報・管理等で倫理に関する種々の問題に遭遇した時、「どうする?」を考えることが出てくる。技術者倫理は、その時に「技術者のこころ」を問題とする分野と考えたら良い。

4.事例で考える

福島原発事故の際、現場責任者であった吉田昌郎 元福島第1原発所長の行動について、被害の拡大を抑えたことへの評価の半面、事故そのものの発生を防げなかったとの批判もある。
ここで日本とアメリカでは、技術者倫理について扱いが違っていることを考えて見たい。

○日本では、技術者個人の行動が公表され難いことから、技術者倫理の事例研究にはなり難く、むしろ技術倫理や企業倫理の事例研究となりやすい。

○アメリカでは、関係した技術者の行動(チャレンジャー号の爆発事故など)が公表されるため、技術者倫理の事例研究になりやすい。

日本での事例を次にあげるが、技術者倫理ではなく技術倫理・企業倫理に止まっている。

○タカタエアバッグ問題:リコールを全米規模に拡大するよう命令を受け、拒否したが、事故原因に関する報告も行っていないとして、制裁金を科す可能性を示し事実上命令。

○ノバルティスの血圧降下剤データねつ造問題:奨学寄付金を受けた論文を使った広告

○東洋ゴムの免震ゴムに関する偽装:データ改ざんによる許可の取得と出荷

○笹子トンネル天井崩落:老朽化に加え、設計仕様の現場での不徹底もあったようだが、高度成長期にできた全国レベルでのインフラの保守管理の重要性を改めて提起。

○カネボウ化粧品での美白化粧品問題:「白斑」発生に対し、対策を10ヶ月間不実施。

○STAP細胞論文問題:論文作成過程で重大な過誤があったと結論付け。

○日本年金機構での情報漏洩:ウイルス感染に関する対策と対応の不徹底。

5.組織の危機要因と方向付け

問題が発生した事例を検証してみると、次が要因となっている。
①消費者(公衆)の(安全)軽視
②コンプライアンス軽視
③企業の利益優先
④社員の保身
⑤組織内コミュニケーション不足(社内他部署に相談するのは広義の内部告発)
⑥経営者のワンマン(暴走)

倫理問題に遭遇し、対話を重ねても周囲の技術者や経営者と意見が一致しない場合、メディアや監督官庁等の組織外に告発することを「警笛鳴らし」や「内部告発」という。組織の方針や行為に抗議したり、拒否したりすることについては、「組織上の不服従による守秘義務違反」として制裁の対象になる。結果として、減給、降格、解雇といった不利益を受ける。

これに対して、公衆の利益を守るという社会正義の観点から内部告発の必要性が認識され、 保護、救済の法律(公益通報者保護法)が制定された。法律の期待効果として、企業の「自助努力によって倫理行動」に対する責任の自覚を求めること、内部告発が行い易い環境を整備することがあり、徐々にではあるが内部告発による違法行為が表面化されるようになってきた。

今後望まれる技術者とは次の①~④と教えている。
①専門技術を身につけ
②社会の状況を幅広く理解出来
③コミュニケーション能力を備え
④公衆の安全が基本の技術者倫理の意義を理解する

これらの実現は非常にむつかしいので、まわりの人達と話し合って進める事が大切である。

(文責 藤橋雅尚、監修 伊藤 博)