途上国への技術移転で利益を出すぞ!
近畿本部 化学部会・繊維部会・環境研究会(2016年6月度)講演会報告
日 時
: 2016年6月18日(土) 13:30~17:00
場 所 : 科学技術センター 7階
講演 :途上国への技術移転で利益を出すぞ!
~環境問題がビジネスチャンスに~
秋葉恵一郎 技術士(化学) 一般社団法人 技術知財経営支援センター 代表理事
1.はじめに
地球温暖化防止は緊急を要する国際的課題であるが、「総論賛成、各論反対?」の中でやっと締約国全体で温室効果ガスの削減交渉が進み、2015年末のCOP21パリ協定で合意がなされた。しかし、グリーンニューディール政策を提唱したアメリカは、シェールガス革命により世界最大の石油・天然ガスの産出国(純輸出国)になることが確実になり風向きが変わった。アメリカは、利益の出にくいグリーン産業への投資を減らし、動脈型産業へ回帰する姿勢を打ち出している。
とはいえ、次などに分類される環境関連ビジネスは、日本の技術が本領を発揮できる地球環境保全型産業分野である。
①エネルギー関連
②廃棄物処理とリサイクル関連
③下水汚泥削減・排水浄化
④バイオ燃料の活用
⑤CO2排出権取引
そんな中、WIPO GREENという仕組み(WIPO:世界知的所有権機関 ⇒ データベース・パートナーシップ・サポートの3要素で構成)ができ、日本技術士会が支援の取組を開始している。
2.途上国の環境問題とニーズ
先進国と、新興国・途上国の環境問題への対応を見ると、先進国の製造業はグローバル化に伴い環境技術を移転する側である。一方、新興国・途上国はそもそも環境法令が未整備な上、その遵守体制が出来ておらず、企業導入には後ろ向きである。同様な傾向が、国内でも大企業と中小企業の間で見られる。
廃棄物処理で見てみよう。途上国では①法的未整備、②人材不足、③利益が出にくいので公的支援が必要、④経済発展に伴う廃棄物発生量の増大など、深刻な課題が山積みになっている。この様な課題に対し、アジアでの循環型社会形成を目指して日本は図1に示すように多くの国に技術移転を行っている。
図1 日本の国家的貢献 http://www.env.go.jp/policy/hakusyo/h23/html/hj11010402.html
中国は、PM2.5に見られるように環境問題の縮図と言われているが、現実を見ると侮れない分野もある。太陽電池セルの生産量や風力発電での設備容量では世界第一位、また超々臨界圧石炭火力発電プラントでは海外技術を吸収し自国技術で磨き上げて日本に肉薄している。日本としては価格競争に陥らず、保守点検を含む総合的な技術をパッケージにした「システムとしての受注」を目指すべきである。
3.日本の環境技術
日本は1970年代の公害問題を克服し、第1,2次オイルショックでは国の存亡をかけて開発してきた高い技術群を持っているが、高価であるという欠点がある。ただ、新興国・途上国の技術者と同額の給料で働く訳には行かない。技術移転の成功例となり得るのは、タイでの自動車産業の場合だろう。日本の自動車産業はトータルな技術移転により、困らないように部品の現地調達、タイ人による経営、タイ国での内発的技術能力の向上につながる人材の育成を行った。これがタイ現地企業と日本企業のwin―win関係構築に寄与した。他にもバングラデシュなどでは、僻地への送電網インフラが無いため、小規模の太陽光発電で充電したランプを使って夜間に仕事が出来るようにしたことによる、所得水準向上などの事例を挙げることが出来る。
考え方としては、対象国の事情に合わせて日本の開発して来た高度な技術を、その国での売れ筋条件に適応させることが狙い目といえる。
4.中小企業の成功例
時代は環境保護と企業の持続性優先の流れの中にある。したがって、環境に良くても経済的メリットが無い技術は売れない。日本では風力発電参入企業の8割は苦戦を強いられているという。また大企業の狙う本流分野へ中小企業が参入すると資本力・技術力で負けて失敗する。よって中小企業はニッチ分野を目指すべきである。どうやってニッチ新分野を見つけるかが鍵になる。日本で成功しているビジネスモデル、例えば、中古太陽光パネルのリサイクル、廃棄紙の緩衝材原料化等の全く新しいニッチ事業領域は新興国・途上国ではまだ立ちあがっていない。
中小企業が海外で成功するためには、相手国の環境法規制情報を十分に掌握すること、自分のビジネスにお金を払う人の声をしっかり聴く(誰とビジネスするか:マッチング)ことが大切である。きちんとしたリサーチで顧客を絞り込み、自社と顧客双方がwin-winになる関係の構築が大切である。
GEヘルスケア社が心電図検査機をインドに導入する際、機能を絞って価格を1/10程度に下げて成功した例がある。ポイントは、インドでは停電が多発するため電力系統を蓄電池に替え、操作を簡略化し必要な検査のコストダウンを図った(倹約イノベーション)ことが成功に結び付いた。
しかし性能は2割劣っても価格は半値以下という新興国企業との競争は簡単ではない。前出の倹約イノベーションに日本及び当事国の公的支援をどう使うか等多面的戦略を用いなければならないだろう。
5.営業秘密の漏洩防止
技術移転は、「製品輸出⇒直接投資(現地子会社・J/V)⇒ライセンス生産」の形で進み、技術情報は「技術ライセンス供与⇒現地R&D⇒模倣(リバースエンジニアリング、公知情報の追試、営業秘密の不正取得)」の形で流れていく。退職者と秘密保持契約を締結していても日本企業OBや、待遇に不満を持つ技術者の転職などで営業秘密が漏洩する例は、枚挙にいとまが無い状況である。
漏洩に対しては事前防御が大切である。企業技術者(士)の立場では「組織的管理システム」の構築が大切であり、ここに技術士の活躍する場が存在する。営業秘密が漏洩で企業に具体的損害が発生した場合のような事後防御となると、新日鉄住金㈱が韓国ポスコ社を不正競争防止法で提訴した時のように米国の特許訴訟(原告・被告の全ての社内情報の開示が求められる(隠し事は出来ない)を並行して使う手がある。但し、訴訟の提起側は、得べかりし利益を法的に回復できるかどうかを掛ける費用と天秤にかけて経営判断をする必要がある。技術者(士)はこの様な法律的・経営的バランス感覚を磨いておく必要がある。
6.環境ビジネスの戦略的展開
4つのキーワードがある。①利益を生まない環境技術は根付かない、②技術移転は移転先・移転元の双方に便益が必要、③環境設備の維持管理ビジネスは継続的利益を生む、④短期的にもメリットがないと事業化は難しい。このキーワードを基にして戦略的にビジネスを進めて行くためには、対象国の環境対策基本データの分析、対象国のローカル政策情報の収集取得、親日派の育成、持続可能なコミュニティーづくり、官民連携の活動への支援という視点が大切である。知財はもちろん大切であるが、知財に力を入れすぎると技術移転がスムーズに進まないなど、解決していかなければならない課題は多い。
7.おわりに
途上国が求めている環境技術は国情に応じてたくさんあり、先進各国はODA等で対応しているが、『WIPO GREEN』という独立技術者(士)のビジネスモデルもある(図2)。
図2 WIPO GREENを使った独立技術者(士)のビジネスモデル
経済成長が著しい東南アジアでは生活廃棄物のみでなく資源廃棄物も多く排出されるが、処理・リサイクルのスキルがない。日本政府の資金でアジアの環境対策を支援する仕組みも数多く出来ている(図1)。独立技術者(士)は海外政府・企業からオファーがあれば独立してまたはチームで技術指導が可能になる。WIPO GREENはニーズ・シーズ把握情報源として権威があり、技術士会がサポートを依頼されているので、技術士が活躍できる格好の仕組みであると思料する。
虎穴に入らずんば虎児を得ずというが、経験の深いJETROと相談するなど足元を固め、急がばまわれの精神が大切であることをお話しして結びとする。
Q&A
Q COP21の目標値について日本は2030年で26%削減だが、中国は60~65%削減となっておりどう違うのか。
A 中国のGDP比65%削減の設定について、規制するための法律を作るだろうが実効性については従来同様疑問が残る。
Q 米国の取組はどんな方向になるのか、また米国への技術進出はあり得るのか。
A 燃費等日本の技術が米国では必要とされている。リーダーにあたる人はいろいろ言っているが、地球温暖化防止に反対する人はいない。米国はやりだしたら強力だ。米国の取組みや技術開発の内容はフォローアップすべきだろう。
Q 人口爆発までに解決しないと環境対策は追いつかないと言われている件はどうか。
A 政治的な話になる。人口増はアジア・アフリカが主体であり教育が大切である。人が住めなくなる地域が出ているように、自然現象により水や食料がまかなえなくなって人口増加が止まることはありうるだろう。COPでしっかりした数値を出して、対策をたてることがやはり大事になる。
Q コストが高いエネルギー源はエコロジーに効果が無いとされている。太陽光も風力も高いがどう考えるか。
A 地球にはやさしくても人間の懐にはやさしくない状態では、お金を出して太陽光を導入せよとはいえない。ここでいえることは、安くしてくださいとお願いするしかない。
Q スリランカでは、大規模水力発電所は都市部の電力をまかなうだけであり、村では小規模水力発電での対応と聞いた。この様なニッチビジネスとWIPO GREENの関連を教えて欲しい。
A WIPO GREENは儲からないと駄目という発想である。お話の様なところにお金は出ない。ODA対応と思うが中国の新金融システムとの競合になる。お話ししたように、その国と仲良くするロビー活動が大切であり、JICAなどと相談してグループでの情報収集を行ったらどうかと思われる。
文責 藤橋雅尚 監修 秋葉恵一郎