経済学から見たエネルギー問題、環境問題の真実
繊維・化学・環境合同講演会・環境研究会第79回特別講演会
日 時:平成29年7月22日(土)午後1時30分~4時30分
場 所:アーバネックス備後町ビル3Fホール
演題:経済学から見たエネルギー問題、環境問題の真実
講師:諸富
徹 (京都大学 大学院 経済学研究科 教授 経済学博士)
米国・新政権のパリ協定離脱決定を受けて、地球環境問題の取り組みの動向が注目される中、今回の講演会はいいタイミングとなり、多くの参加者を集め、盛況のうちに終了できた。以下演題の各項目に従って要旨をまとめ、記録として残す。
はじめに
今迄地球温暖化防止対策には消極的であった中国が、米国のパリ協定離脱を決定して以来積極的に動き出したことは各国の注目を集めている。また米国と中国の話し合いも行なわれており、過去5年間と比較してその様相は変わってきた。
1.日本の「電力システム改革」と再生可能エネルギー
日本は東日本大震災を経験して原子力発電に象徴される集中型から分散型の電力供給システムへの転換が注目されるようになってきた。更に東西で電力の周波数が異なり、電力の融通が難しい状態にある。また電力事業は地域独占と総括原価方式の下で消費者には電力選択権が保証されていない。
2013年4月に電力システムに関する改革方針が閣議決定され、2016年には電力の小売り全面自由化が開始された。そして2020年には発電、送配電、小売の3部門を分社化する法的分離の施行が予定されている。
再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT)は事業者に投資意欲を掻き立てる仕組みとしては成功し、再エネ拡大に大いに貢献した。しかし他方では費用膨張と系統接続問題が浮上した。(九電ショックと言われる)
2013年以降日本の再エネは急速に増え、固定価格での買取費用は2.7兆円に達している。それでも電力全体の6%を占めるに過ぎない。
2.系統運用ルールについて
変動電源としての再エネの大量導入は可能かという疑問に対して、講師は欧州の例を参考にして再エネを最大限に受け入れ、既存電源で補完する電力システムの構築を提案し、広域的な電力融通と卸電力取引市場の活用によって、費用効率的な電力供給が実現できると主張している。
そのためには、広域的な系統利用のための地域間の連系線の増強が必要であるが、現在北海道と本州間の容量アップ、東西の周波数変換設備について検討が行なわれている。これらによって沖縄を除く8社の相互供給システムが実現できると言われている。
3.ドイツはFITに関わる問題をどう解決したのか
ドイツでは2014年にFITが改正された。その最大の目的は再エネ拡大目標を費用効率的に達成することである。電力に占める再エネの比率は2014年で26%、2015年では30%となり確実に増加している。再エネは電源間競争の結果から陸上風力、太陽光を優先した目標値を定めて再エネを電力市場に統合し、その費用を消費者が公平に負担する。市場統合方策については直接販売と市場プレミアムを組み合わせ、入札制度を導入する。
現在ドイツでは買取価格の引き下げ、電力の輸出増、産業の国際競争力を維持するために2010年以降、産業用の価格を低く抑えて産業部門と家庭部門で料金に大きな差を設けている。再エネの電力量の伸び、価格の低下等によって既に再エネ電力は既存電源よりも電力価格は安くなっている。
4.各電源のコスト、およびマクロ経済的なインパクト
ドイツは2050年に再エネ比率を80%にする目標を掲げている。化石燃料と原子力で電力生産を行なう仮想現実シナリオと、エネルギー大転換シナリオの比較シミュレーション分析を行なった結果、2021年以降には供給費用は急速に低下すると予測されている。2031年以降の10年間では太陽光まで含めた全ての再エネが、既存電源に較べて安くなることが示された。
5.大きな地殻変動:「集中型電力システム」から「分散型電力システム」へ
分散型とは、従来の電力会社の計画経済から市場経済に変わることを意味する。即ち寡占市場から競争市場に移行することである。従って再エネ大量導入時代にふさわしい柔軟性を兼ね備えた電力市場を構築する必要がある。
政府は2015年6月、2030年の日本の電源構成を原子力22~24%、再エネを22~24%にすることを決定した。ここで原子力をベースロード電源と位置付けているが、欧州諸国では再エネ導入を最優先させるためベースロード電源という考え方を放棄している。従って伝統的電源は再エネの補完電源と位置付け、日本とは対照的である。
再エネの大量導入には調整電源が不可欠である。調整電源には迅速な起動・停止能力が求められる。現在では石油と天然ガスによる火力発電が望ましく、原子力や石炭火力は適さない。
6.再エネ大量導入がもたらす電力市場への影響(ドイツの場合)
ドイツの電力市場では再エネの増加によって、電力の卸売価格の低下が起こっている。しかし、家庭部門では再エネ賦課金上昇によってそのメリットは相殺される。一方、産業部門では賦課金減免と合わせて二重のメリットを受けることになる。
燃料費を必要としない再エネは限界費用ゼロで追加供給が可能となり、卸売電力市場で圧倒的な競争力が生まれる。逆に限界費用の高い天然ガス火力発電は収益性を失い、市場から退出している。この仕組みでは限界費用の低い電源から需要を満たしていくため、ドイツでは大電力会社の経営が悪化している
7.再エネ大量導入時代の電力システムへ:電力市場設計論
再エネの大量導入を最小費用で効果的に進めつつ、電力の安定供給を担保できる電力市場の設計を行なうことが重要である。電力という商品は商品取引所又は相対で取引される。
ドイツではライプツイッヒの欧州エネルギー取引所と、パリの欧州スポット電力取引所がある。又発電業者との直接的な相対取引にも大きく依存している。取引形態は先渡し市場、前日市場、当日市場があり、相対取引は電力供給の15分前まで可能である。
再エネ大量導入を可能にするための電力市場改革について、変動性が高く予測困難な再エネを大量に電力市場で受け入れるには、市場設計で流動性を高める必要がある。
8.気候変動政策と経済成長
現在日本の一人当たりのGDPの世界順位は2014年で27位まで低下している。2002年我が国が京都議定書を締結した頃から日本を追い抜いた国々では、高い温室効果ガス削減率と経済成長を実現している。人口減少が進む中で日本経済が成長していくためには、労働者一人当たり付加価値を高めて適切に分配していく必要がある。内閣府は付加価値生産性の引き上げとその成果を、設備投資や賃金の引き上げに適切に配分していくことが不可欠であるとしている。経産省は(1)新たなイノベーションによる生産性の革命を通じた潜在成長力の向上(供給面)と(2)イノベーションの成果を社会のニーズに応える新たな製品・サービスとしてデザインすることによる潜在需要の掘り起こし(需要面)、を同時に実現していくことが重要であるとしている。
パリ協定で2℃目標が盛り込まれ、炭素投入量が世界全体で残り1兆トンに限られる中で一定の経済成長を続けていくには少ない炭素投入量で高い付加価値を生み出し、炭素生産性(炭素投入量当たりの付加価値)を大幅に向上させなければならない。そのためには量ではなく質で稼ぐ経済への転換が重要である。日本は2000年を過ぎる頃から他国に追い抜かれている。
世界で炭素生産性の高い国はスイス、スウエーデン、ノルウエー、デンマーク、フランスが上位5位を占め、その後英国、ドイツ、日本、アメリカが続く。
実効炭素価格が高い国では炭素生産性が高い傾向にある。OECDの分析によれば、温室効果ガスの長期大幅削減と経済的課題の同時解決の可能性が示唆されている。講師からは知的財産、ブランド、サービス分野や物作りの例を挙げて付加価値を高めることが強調された。
一人当たりGDPは1990年代初めフィンランド、スウエーデン、ノルウエー、デンマークなどでは、我が国と同じレベルであったが、これらの国は炭素税導入後も堅調に経済成長を続け、我が国の一人当たりのGDPを逆転している。
気候変動対策をきっかけとしたグリーン新市場の創造や経済の高付加価値化を導くためには、外部経済で環境価値を顕在化・内部化し、財・サービスの価格体系に織り込むことが重要である。2050年に80%削減を実現するためには、社会構造のイノベーションが長期間にわたって連続的に起きる工夫をする必要がある。将来の不確実性にも柔軟に対応できる仕組みとして、本格的なカーボンプライシング(炭素税、賦課金、排出量取引制度、などの炭素の価格付けに関する制度)の導入が有効である。
9.感想・意見
2013年4月以来4年振りに諸富先生のご講演を聴き、この間の世界の変化を改めて知る機会となった。日本はドイツの環境政策に学ぶところが大きいと思われる。環境先進国として、日本は政府、産業界、国民の一層の努力が必要であると思う。海外にはモデルとなる国々があり、日本には発想の転換が必要である。
講演中の諸富教授
(文責 繊維部会 城山
義見)