暴れる気候と暴れない気候  -”想定外”の時代をどう生きるか-

著者: 寺川博、藤井武  /  講演者: 中川 毅 /  講演日: 2017年9月25日 /  カテゴリ: 環境研究会 > 講演会  /  更新日時: 2017年11月23日

 

環境研究会 第80回特別講演会

日 時:平成29925日(月)午後630分~830
場 所:アーバネックス備後町ビル3Fホール

演題:暴れる気候と暴れない気候 

”想定外”の時代をどう生きるか

講師:中川 毅  立命館大学古気候学研究センター長・教授
理学博士(エクス・マルセイユ第三大学)

今回は“古気候学”の分野では、世界的に著名な中川 毅(たけし)立命館大学教授を講師としてお招きしました。中川先生は、今年7月、著書「人類と気候の10万年史」で、講談社「科学出版文化賞」2017を受賞されました。講演会では「暴れる気候と暴れない気候」、副題”想定外”の時代をどう生きるかと、題して、現在および将来の地球環境を考えるという壮大なテーマでご講演をいただきました。古気候学というのは、地球上で過去に起こった気候変動について何が起こったかについて調べ、それがなぜ起こったかを考え、そして将来どうなるかを考える学問です。以下に中川先生のご講演の一部をご紹介します。

    

1.古気候学から見た気候変動

1)億年単位での視野から

過去100年で、平均気温はおおむね1度上昇している。1度という温度は、東京と九州の宮崎の平均気温の違いが約1度である。20世紀の100年間をかけて、東京は宮崎になったと考えるとわかりやすい。

もし、人類がこのまま化石燃料の消費を続けるのであれば今後100年で3度から5度程度の気温の上昇はあるだろうと予測されている。これは東京がマニラになるくらいの変化であり結構大きな変化である。

気候変動は基本的には止められないというのが古気候学者の認識である。これまでの5億年ぐらいのスケールから考えると、現在は、これまでで一番暑かった時代という訳ではない。暖かい時代、すなわち恐竜が活発に活躍していた時代は生物にとってはいい時代であった。暖かいということは、生態系の多様性、豊かさから見ればよい時代なのである。

­温暖化はある程度まで行けば暴走をしないということが言える。暖かくなると植物は大量に繁茂して、光合成が盛んになって空気中の二酸化炭素を大量に消費するようになる。二酸化炭素、つまり温室効果ガスが吸収され過ぎると、今度は逆に寒冷化が起こる。気候現象に生態系を考慮に入れると、このようにある程度まで行くと自動的に上限が設定されるというメカニズムが起こる。

逆に、寒冷化を考えると、こちらは暴走する傾向がある。一旦とことん寒冷化すると次に温暖化するのはなかなか難しい。火山からのわずかなガスの流出によって、長い時間をかけて寒冷化を脱出するということになる。

一方、天体運動から見ると、気候変動を止めるということは銀河系の中の太陽の運行、または太陽系の地球の動きを変えるということを意味しており、これは人間のテクノロジーではかなり難しいことである。

     

2)100万年単位での視野から

続いて、海にたまった泥の解析などから、もう少し時間スケールを縮めて考えてみる。これによると過去500万年くらいから300万年の間は、割と暖かくて気候が安定していたことが分かる。しかしその後、現在に至るまで一貫して寒冷化が続いている。その理由はヒマラヤとチベットの隆起であるという説が有力である。これに伴う雨が空気中の二酸化炭素が消費したりするなどから寒冷化につながるという説がある。気候変動の振幅を考えると300万年くらい前から段々と振幅が激しくなっていることが分かってきた。サイクルを考えると、現在は氷河期であるべき時代であるのに、温暖化傾向にあるのは、かなり例外的なことと言える。

3)10万年単位での視野から

さらに時間スケールを50万年間ぐらいに小さくして気候変化を見てみる。この間は、熱くなったり寒くなったりをリズミカルに変動している。地球には過去何度氷期があったのを見ると、実は何十回も氷期がやってきているのである。10万年のサイクルで規則的にやってきている。それは地球の公転のずれに基づくものである。地球の太陽の周りの公転軌道が円に近くなったり、楕円になったりする周期が10万年だと言われている。そのサイクルから見ると現在は寒い時代に近づいていることになる。この学説が発表された当時の研究者たちは、なんとか温暖化に向かう方法を真剣に考えていたものであった。

このように人間の力でどうすることもできない環境の中では、私たちは「どのような社会を欲しているか?」という考え方が重要になってくる。自分たち自身の問題もこの中に含まれている。次に来る氷河期を止めることはできないことを前提にしなければならない。

4)もっと短い単位の視野から

さらに、過去1000年間の時間スケールに縮めてみる。これは樹木の年輪を使った研究で解明される。現在が温暖化にあるのは間違いないだろうが、その傾向が今後も急激に上昇を続けると考えるのは間違いと思われる。古い絵画など古い記録を見ると、およそ200年で、熱い・寒い周期を見ることができる。これから寒い時代となるのに、急激に気温が上昇するという予測、見方には疑問を持たざるを得ない。

このような200年のサイクルを起こす原因は太陽活動であることが知られている。太陽が持っている活動の周期性に11年のサイクルも気温に影響を与えている。地球上の人類の活動から見ると温室効果ガスの発生は続けられるため温暖化に向かうことになる。一方太陽の活動から見るとこれは寒冷化に向かうことになる。しばらくはその綱引きが続くと考えられる。この綱引きのどちらが勝つかについてはまだ定説はない。

2.グリーンランドや水月湖から分かる気候変動

このあと、グリーンランドに堆積する氷の研究、そして中川先生のグループが実施された奇跡の湖と呼ばれる福井県三方五湖の一つである“水月湖”における太古の歴史が刻まれた年縞(ねんこう)などの話と続きます。講演の最後に「想定外を生き延びるためのカギは、多様性の中にある」という、お話で締めくくっていただきました

質疑

Q1.氷河期が終わった直後の急激な変化が1年~3年で生じた要因は何か?

A1.諸説あるが、太陽の動きが最大要因と考えられている。地軸の傾きと公転軌道が楕円であること、また北半球に陸地が多いことによる周期的な変化が激変をもたらしたのではないかと考えられているが、解明は難しい。

Q2.水月湖にはなぜ年縞があるのか。

A2.川の直接流入がない、周囲が山で波が少ない、湖底が酸欠で堆積物を乱す生物がいない、近くに三方断層があり堆積と同程度に沈降して続けていることなど奇跡的な好条件が揃った結果である。

Q3.中川先生の今後の研究の方向性は?

A3.水月湖の研究から、氷期の終わりだけでなく色々な気候変動のメカニズムの時代があることも分かってきており、また温暖化にもいろいろな種類があることも分かってきている。これを明らかにするのが自分の役目だと考えている。水月湖のような研究が各地で進んでもらえればよいと考えている。

  この特別講演会には62名と多数の方々にご参加いただきました。中川先生の研究成果は「サイエンス」誌をはじめ新聞、テレビなどマスメディアでも紹介されております。

以上、米国新政権のパリ協定離脱決定など、地球環境問題の取り組みの動向が注目される中、今回の講演会は多くの参加者により盛況に終了しました。

参考: http://www.ritsumei.ac.jp/research/radiant/asia/151201-1.html/

講師:中川 毅(たけし)氏 1968年 東京都生まれ
1994
年 京都大学大学院  修士課程修了
1998
年 エクス・マルセイユ第三大学大学院博士課程 修了
2009
年 ニューカッスル大学地理学教室教授
2013
年 大和日英基金「大和エイドリアン賞」受賞
2014
年 文部科学省「ナイスステップな研究者」受賞

著書:時を刻む湖(岩波科学ライブラリー)
人類と気候の10万年史(講談社ブルーバックス)

   (文責:寺川博也、藤井武)