ラマン分光分析の基礎と応用

著者: 藤橋 雅尚  /  講演者: 渡邉 朋信 /  講演日: 2018年7月12日 /  カテゴリ: 化学部会 > 見学会  /  更新日時: 2018年09月27日

 

近畿本部 化学部会(20187月度) 見学・講演会報告

  時 : 2018712日(木) 13:3016:30
  所 : 理化学研究所  生命機能科学研究センター

講演2 ラマン分光分析の基礎と(化学物質と細胞分子との相互作用の様子や病理への)応用

講演者 渡邉 朋信 先端バイオイメージング研究チームリーダー

ご承知のとおり物質に入射光を当てると種々の散乱が生じる。ラマン効果(散乱)は、物質に単色光を当てて散乱光が発生する際に、入射された光の一部が、物質を構成する分子の振動にエネルギーを与えたりもらったりすることで波長が変化して散乱する現象を言う。
ラマン分光法はラマン散乱光の波長や散乱強度を測定して、物質のエネルギー準位を求めたり、物質の同定や定量したりする分光法である。類似する技術である赤外分光法では測定が困難な水溶液でのスペクトルが容易に測定できる特長を持ち、微少量の試料で測定出来るメリットがある。
講演者は、システム工学が専門であったが、現在はラマン分光分析を、細胞の内部情報を知るエンコーダーとして活用することに着目し研究している。

生命現象の分析対象は、身体・臓器・細胞・小器官・内部構造物の分析であり、内部の構造や抗生物質だけを調べても何もわからないことが多い。細胞は、大小さまざまな各種の因子により構成されており、それぞれが自由度を持っている。これら因子間には相互作用があり、群が生まれるとそれぞれの因子の自由度は低下する。仮に何らかの要因で乱されても、群で定まった方向に落とし込もうとする物質が発現し、全体を維持していく力が働く。一方でたとえば、組織のがん化の際など、上記の自由度が一時的に抑制されることで、上記の維持が働かなくなり、がん化の方向に進むと考えられる。

上述のように、ラマン散乱は物質に光エネルギーを照射すると、分子固有の周波数の散乱光(分子指紋と呼ばれる)が発現する現象である。本研究では、細胞など複雑な分子系であっても細胞の種類や状態を識別出来る、各細胞固有の情報があることをデータ処理で見つけ出し、これを「細胞指紋」と呼ぶこととした。細胞指紋が成立する理由は、ラマン散乱は分子結合に依存するが、細胞内では各分子がコンポーネントとして、自由度が低い状態で固定されていることに起因していると考えている。

細胞指紋の測定方法の特長は、(非侵襲である)光照射方式のため、生きている細胞に適用できることにある。例えば、通常細胞とがん細胞ではコンポーネントの組み合わせが異なる(細胞指紋が異なる)ことから、がん細胞を単細胞レベルで識別出来る。また、細胞が分化するときに細胞指紋が変化することを見つけ、iPS細胞の研究で未分化の細胞を除外するための指標として細胞指紋を使うことが出来ることなど、研究を進めているところである。

最新の研究として薬剤耐性菌での実験を紹介する。細胞指紋を使って薬剤耐性菌の識別は可能であるが、薬剤耐性に関連する遺伝子の発現と、ラマンスペクトルの変化に相関性があることを発見した。このことから、ラマン散乱分析と細胞内遺伝子の発現を調べることで、薬剤耐性の発現のもとを解析可能とすることを目指して研究している。
生命現象は複雑すぎて従来の分析技術だけでは情報不足と考えており、ラマン分光分析法を細胞などの新しい分析法として展開していきたいと考えている。

Q&A

Q がん分化の根源がわかるようにしたいということは、iPS細胞を使って病気のもとを探し出したいと言うことにつながるのか

A 細胞が分化するときに発現する特異性が、わかることを活用できないかという意味である。

Q ラマン散乱光を高精度で取得できるようになったのはどうしてか。

A 検体のダメージを小さくして、強い散乱光を得るため7Wのグリーンレーザー(530μm)を用いたことにあると思われ、現在の解像度は250nm程度である。今後の目標として、赤色と緑色では共鳴が異なるため、レッドレーザーの実験も必要と考えている。

Q 膨大なデータをAIで分析しているとのことであるが、信頼度はどうか。

A 人間が認識できる程度の信頼度はあると思っているが、相関度は複雑でよく分からない。生物学は複雑なため、相関度は70%程度で良いと思っている。細胞の種類や機能の定義はこれまで人が行っているが、今後は、人間が決めずにAIに決めさせた方が良いと思っている。

Q 化学物質の安全性の判断については、発がん性の確率で判断している。ラマン分光分析から得られた結果については、答がでるだろうか。

A 毒性の評価は人によって異なる判断を統一しようとする考え方と思うが、単一の物質に責任を着せる判断はあまり意味がないと思う。将来的には、AIの進展によるが複雑系での判断方向に進むと予想される。

施設見学

講演終了後、渡邉研究室、ならびに創薬専用スーパーコンピューター室を見学させていただいたが詳細は省略する。

文責 藤橋雅尚  監修 渡邉朋信