失敗事例に学ぶ特許

著者: 藤橋 雅尚  /  講演者: 酒巻 順一郎 /  講演日: 2019年4月18日 /  カテゴリ: 化学部会 > 講演会  /  更新日時: 2019年05月19日

 

化学部会講演会(20194月度)報告

  2019418 日(木) 18:0019:00
  近畿本部 会議室

講演 失敗事例に学ぶ特許

講演者 酒巻 順一郎 弁理士
創英国際特許事務所京都オフィス チーフエキスパート

1.最近の特許審査等の状況

我が国の特許を巡る状況は様変わりしている。2016年の実績(平均値)で考えると、審査請求から一次審査結果が通知されるまでの期間は9.4ヶ月、最終処分が通知されるまでの期間でも14.6ヶ月に短縮された。早期審査を請求した場合は更に短期間で特許が成立する。このため、出願と同時に出願審査が請求された場合には、出願から1年6ヶ月経過後の公開公報発行より前に、特許掲載公報が発行されることも珍しくない。

1に示す様に日本の審査は他の主要国と比較しても早いが、各国ともに審査期間は短縮されている。これは、インターネット等の技術の発展で調査が容易になった影響が大きいと考えられる。

    表1 特許成立までの期間:2016  (特許行政年次報告書2018等より)

1に示す様に、日本における特許査定率は75.8%であり、他の主要国と比較して高い。更に審判段階でも半数以上が特許化されており、よほどのことがない限り特許化可能である。

   図1 特許査定率:2017

      (特許行政年次報告書2018等より)

一方、異議申立の成功率は11.4%(約1/3は訂正の上維持)であり、無効審判の請求を行ってもその成功率は21%に過ぎない。言い替えると権利を取得しやすく、権利化後は潰しにくい状況であると言える。

2.第三者にとって問題となりうる特許

1)後から特許

従来から実施されていた製品や製造方法についてでも、数値限定の発明などとして特許を取得する方法である。新たなパラメーターを設定し、文献に記載例のない場合に成立し、潰すことが難しい。高分子の結晶化度などで意味のないパラメーターを設定する例などを含めて、近年増加している。特許出願前に販売していた製品があっても、出願時の製品におけるパラメーターの立証が困難な場合も多く、問題となりうる。

2)ノウハウ特許

従来当たり前に行っていた操作についての申請であるが、ノウハウのため文献のない例が多く特許が成立し得る。実際の製品に特徴として現れない操作の特許については、侵害を立証することが困難であり、権利化されても問題ないと思われるかもしれない。しかし、近年のコンプライアンス意識の向上に伴い、特許化された操作を避ける必要が生じることもある。

3)不純物特許

不純物を低減や除去したことを特徴とする特許である。他社品も不純物を含んでいない場合であっても、不純物については記載していない例が多く、書類審査だけのため特許として成立しうる。 

3.特許の無効化に失敗した例(製品記録の不備)と、対策について

相談を受けた例を紹介する。対象特許は以下の①~③の特徴を有する。①製品に含まれる成分AとBの含有比、②製品全体のAとBの含有量、③製品中の不純物Xの含有量。なお、AとBの量は化学反応により保管中でも変動する可能性がある。

相談者から得られた情報を以下に示す。

 ・特許出願時に販売していた製品は①~③を満たしている(はず)である。
 ・原料中の成分A・Bが①②を満たす証拠、ならびに③についても証拠あり。
 ・製品の販売記録もある。

特許を潰すための条件は、公知であった・公然実施していた・先使用権がある、などであるが、公開していなかった情報は公知ではないこと、不特定多数の者が知りうる状況で生産していたことの証明が出来ないこと(公然実施が証明できない)、原料・不純物・製品販売について証明できてもそれらを結びつける証拠(Lot番号・枝番の記載情報)がないため先使用権を証明できないこと、などにより無効化できず、製品の設計変更を行わざる得ない結果となった。

なお、公然実施による無効化ではなく、先使用権が認められれば十分と考える向きもあるが、

組成が少し変わっただけでも製品を販売することが出来なくなる可能性があることを、知っておく必要がある。

特許に対する防御方法として次の様な記録が大切であることを提起する。 ①競合他社の特許出願等のウオッチング、②開発販売にあたっての記録として、研究段階(ノート、報告書仕様書など)・事業化段階(事業開始決定書、見積書、納品書など)、事業開始後(製造関連、カタログ、試作品など)。なお証拠能力を高めるために、公証人制度の利用が有効である。 

4.特許の無効化がなされた例(判例)の紹介

1)「アイスクリーム充填」イチゴ事件

次の請求項の特許に関する損害賠償請求事件である。請求項要旨:図2のように中心部のくりぬかれたイチゴにアイスクリームを充填し、全体を冷凍した製品であって、外側のイチゴが解凍された時点で柔軟性を有し、アイスクリームが溶け出さない程度の保持性を有す製品。

     図2 http://item.rakuten.co.jp/kanoya/987790-g/

本件は原告と被告の関係悪化に伴う訴訟である。原告(特許権者)は、対象特許に包含される(と思われる)製品について、カタログ発行・販売を行っており、被告は原告の依頼に基づいて写真・仕様書・試食品を持参して営業活動をしていることから、公然実施が認められたこの判例から、営業販売は出願後に行うこと(現在は1年以内であれば先に販売可)、ならびに用途を先に押さえることの大切さを示している。当然であるが、契約をしっかり締結しておくことが大切である。

2)「表面筋状薄肉こんにゃく」事件

次の請求項の特許に関する損害賠償請求事件である。請求項の要旨:糸状に押し出したこんにゃくを連結した構造(図3参照)で半透明の筋状薄肉こんにゃく。

  図3

原告の主張は、出願時より前に公然と製造販売されていたA食品会社の製品と特許は同一である、という内容である。証明するカタログ等はなく、原告の提出したサンプルが本物か偽造品であるかが争点となった。結論として原告側弁理士がA社の旧工場(物置として使用中)から発見したバケツの中身、「4個の製品サンプル(日付印は2種)・他社製品・古新聞の日付」ならびにサンプルの古さ等から本物であると認定され勝訴となった。

最後に、今後の係争事例に向けて、公然実施の証拠として3.に記載した事項以外に、インターネットでの販売記録は有効であることと、写真の日付による立証は難しいことを申し上げる。

     注)今回は途中での質問を受け付けながらの講演であったので、質疑は本文に含めて記載。

文責 藤橋雅尚  監修 酒巻 順一郎