改めて持続可能性とは何かを考える
環境研究会 第98回特別講演会
日 時:2021年7月31日(土) 10:00~12:00
場 所:Zoomによるオンライン講演会
講演 改めて持続可能性とは何かを考える
~持続可能な発展とドイツの新たな気候変動政策~
講師 一方井 誠治 博士(経済学)
武蔵野大学教授・京都大学特任教授
1.持続可能な発展とはどういうことか
(1)持続可能な発展に関する二つの考え方
強い持続可能性とは、人間の経済成長には「最適な規模」があり、自然資本は人間の福祉の究極的な源泉であることから、森や海など自然資本の制約を超えて成長することは不可能であるという考え方で、私自身は、こちらが当たり前と考えるが、一方弱い持続可能性とは、自然資本は人間の福祉の決定要因のひとつであり、自然資本は、その他の人工資本等で代替可能であるという考え方で人類社会の基本的な考え方は後者である。
(2)熊沢蕃山とJ.S.ミルの思想
歴史的に見ても、日本では熊沢蕃山(江戸時代初期の陽明学者)が自然資本すべて万物一体であり、人間だけでなく、全ての共生こそが大事であると述べている。J.S.ミル(英国の哲学者、経済思想家)は自然がなくなり経済が発展することを予言しており、経済成長を止め、定常経済になることが必要であると述べている。
(3)ブルントラント委員会の「持続可能な開発」
持続可能な開発とは、未来の世代が自分たちの欲求を満たすための能力を減少させないように、現在の世代の欲求を満たすような開発であるとあるが、具体的にどこまで開発を進めていいのかという限度が見えてこないという批判がある。
(4)ハーマン・デイリーの持続可能な発展の3原則
3原則は、「再生可能な資源[大気、水、土壌、森林等]は、それが再生できるペースで使うべきこと」「再生不可能な資源は、それが再生可能な資源で代替できるペースで使うべきこと」「廃棄物や有害物は、自然が受け入れ浄化できるペースで排出すべきこと」であるが、世の中は持続不可能なことをあたかも持続可能であるかのようにやってきた。持続可能な循環を確保するには、下図の赤の一方通行の矢印(スループット)をできるだけ小さくする事が重要と考える。
(5)二つの指標と持続可能性
エコロジカル・フット・プリント
人間活動が環境に与える負荷を、資源の再生産および廃棄物の浄化に必要な面積として示した数値である。通常は、生活を維持するのに必要な一人当たりの陸地および水域の面積として示される。強い持続可能性の考え方に立った指標とみなされている。
新国富指標(IWI)
ストックとしての人工資本、人的資本、自然資本の3つの資本群によって構成され、地域における多面的な豊かさを示す指標であり、国連持続可能な開発会議(リオ+20)において、「新国富報告書2012」として提示された。GDPを補完する指標として期待されているが、各資本間の代替性を認めるため、弱い持続可能性指標とみなされている。
(6)プラネタリーバウンダリーとドーナツ経済学
スエーデン、レジリアンスセンターのヨハン・ロックストロームとウィル・ステファンが2009年に提唱した環境保全上、超えてはならない9つの境界線(プラネッタリーバウンダリー)がある。
また、ケイト・ラワースはドーナツ経済学の中で外の輪と内の輪の間に社会経済をコントルールする(人類にとって安全で公正な範囲)のが経済学の役目であると述べている。
(7)制約がもたらす文明の健全性と安定性
これまで、人類は地球生態系という大きな生存基盤の中でその生存を保障され、その利用が再生可能なペースの範囲内に収まるように人々のライフスタイルや慣習、価値観といったものが形成され、さらに浪費のすすめが公然と語られるようになってきた。
しかしながら、非再生可能資源の制約なき利用は、それが環境問題、資源問題の悪化と文明の不安定化につながるという意味で持続可能なものとは思えない。
現代文明と地球環境の行く末を考えると、ハーマン・デイリーの3原則やケイト・ラワースが提唱するドーナツ経済学など、強い持続可能性の考え方を国や個人が行動するうえでの基本指針にすることが必要ではないか。そして、あえて太陽エネルギーに基づく再生可能資源をベースとした社会で暮らすという、一種の制約目標を人類が自ら自分に課し、その方向に向かって、現在使える資源を最大限活用し、ハード・ソフトの両面における社会システムを再編していくことが、文明の持続可能性の鍵となる。基本は太陽光エネルギーである。
2.ドイツの気候変動・エネルギー政策のこれまでの状況
(1)ドイツ気候変動・エルギー政策の歴史
第2次世界大戦後、原子爆弾のイメージが悪かったので平和利用もできるということを謳うためにも、敗戦国であるドイツと日本にも原発の開発が許された。しかし1998年に社会民主党が第1党となり緑の党との連立を組んだ政権交代を機に、2000年政府・電力会社の脱原発合意、2002年国家持続可能性戦略、2022年を脱原発法が策定され、化石燃料と原子力から再生可能エネルギーへの変換等大きな政策転換がなされた。
2005年の総選挙でキリスト教民主同盟が再び第1党となり、メルケル政権が誕生した。2010年に2050年までの長期エネルギー政策(エネルギーコンセプト)を策定し脱原発の時期を2035年まで延長したが、福島原発事故を受けて古い原発8基を廃止して、2011年には脱原発時期を2022年に引き戻した。2016年に気候変動行動計画2050を策定、2019年には2030年気候変動政策パッケージを提案し、2020年には2038年までの石炭火力廃止を決定し、国内排出量取引制度を決定した。ドイツは、国民の支持もあり、政権が代わっても脱原発、再生可能エネルギーへの転換などの基本政策については変わらなかった。
(2)ドイツのエネルギー改革である「エネルギー・コンセプト」の目的
ドイツは、エネルギーシステムの刷新とともに、技術革新、成長、雇用の膨大なポテンシャルが引き出されるよう、「エネルギー・コンセプト」を策定した。信頼性が保障され経済的に実行可能でかつ環境上健全なエネルギーの供給は、21世紀における最も偉大な挑戦のひとつである。ドイツは、競争力のあるエネルギー価格と高い水準の繁栄を享受しつつ、世界で最もエネルギー効率が高くグリーンな経済を持つ国のひとつとなる。このことは、ドイツに長期的に競争力のある産業基盤をとどめるために必要であるとの考えである。
(3)エネルギー供給のための長期的な戦略
再生可能エネルギーの成長のためには、ドイツと欧州の電力網の充実が不可欠である。
電力の全欧州化と費用の最適化が、電力市場の変化の経済影響予測にとっての鍵である。
ドイツが発電において欧州でどのような位置を維持するかは各種の条件に依存している。ドイツは、それらの諸条件を、利用可能な技術のポテンシャル、エネルギー供給の再構築に伴う成長と雇用、エネルギー部門の長期的なコスト競争力のなかで、国益を最大化するためにデザインする。
ドイツは陸上風力や太陽光を中心とした再生可能電力を急速に普及させており、コストも下がり、競争力も持ってきた。ドイツはEUの中心部にあり、電力網が発達しており、フランスやチェコ(電力が余って切る国)から輸入した電力をスイス、オランダ、ベルギ-、オーストリア(電力不足の国)などに輸出している状況でこれはEUの電力の通過国として位置づけられている結果でもある(ドイツは電力を輸入していると言われている事についての原因の一つ)。メルケル首相がすぐに原発をやめたことについては電力に余裕があったためであり、2003年頃から電力を輸出している。
ドイツと日本におけるGHG(温室効果ガス)、GDP及びエネルギー消費量を比較すると、日本ではGHGは実質-2%であるのに対し、ドイツは-21%も削減できている。なお、最近の温室効果ガス削減目標の世界的な見直しに対応し、2030年の削減目標は65%に、2050年の削減目標は100%に引き上げられている。
3. ドイツの新たな気候変動・エネルギー政策
(1)ドイツ2020年目標の未達成問題
ドイツではかなり早い段階から、2020年の温室効果ガス 目標である1990年比マイナス40%減が達成できないとの見通しがあり、2019年年初時点で約8%の削減不足が見込まれていたが、欧州排出量取引制度(EU-ETS)のCO2クレジット価格問題や熱ネネルギーからのCO2が減らなかった。
(2)2018年に発足した連立政権での合意
キリスト教民主同盟と社会民主党とが大連立の協議の過程で、気候変動・エネルギー問題を協議し、2030年目標のマイナス55%の達成に向けて早急に追加対策を策定することに合意した。その結果、2019年9月に「2030気候保全計画」と題する一連の政策パッケージ案(国内取引制度、脱石炭政策の具体化、税収の市民への還元)を策定した。
(3)交通部門等へのカーボン・プライシング
交通と建物の暖房などに要する、ガソリン、灯油、天然ガス、石炭などの化石燃料に対して2021年から2025年までは、燃料の元売り業者に対する課税を行う。
初年の2021年度には二酸化炭素1トン当たり10ユーロとし、翌年から課税水準を上げ、2025年には30ユーロとし、2026年から、キャップつきの国内排出量取引制度に移行した。
このドラフトについては、ドイツ連邦議会下院で、この課税水準では2030年の削減目標を達成できないとの異論があり、上院との仲裁委員会で、2021年からの課税水準は15ユーロ引き上げられ25ユーロとされ、その後順次課税水準を引き上げ、2025年には55ユーロに、2026年からの国内排出量取引では、35ユーロから65ユーロの間で、オークションで取引することとされた。
(文責 鈴木秀男 西島信一 監修 一方井誠治)