製造業のサービス化/三菱重工の脱炭素への取組
近畿本部登録 環境研究会 第102回特別講演会
①製造業のサービス化
-大量生産からサービス中心の事業転換-
②三菱重工の脱炭素化への取組
-高砂水素パークの取組-
日 時: 2022年9月3日(土) 13:30~15:00
場 所: WEB(Zoom)
講 師:
藤岡 昌則氏 三菱重工業㈱ シニアエキスパート
技術士(機械)/博士(経済学)
藤岡先生は、三菱重工業株式会社において、ガスタービン発電設備の見積計画、設計、サービス開発に30年余り従事しエネルギー利用の高効率化やCO2排出量の削減に取り組んでおられます。
業務を続けながら、製造業のサービス化をテーマに京都大学で博士号の学位を取得され、技術士機械部門と経済学博士という、自然科学と社会科学の二つの分野の専門家と言う異色の存在ですが、本講演会では、この二つの分野にまたがる製造業のサービス化への事業転換及び日本を代表する企業の脱炭素と水素化についてビジネスのみならず環境負荷を削減するサーキュラー・エコノミーの視点から最新の研究結果をご講演いただきました。
1.製造業のサービス化
製造業のサービス化はビジネス面のみならず環境負荷を削減する活動(サーキュラー・エコノミー)として国内外で広く研究されている。三菱重工のガスタービン複合発電設備のサービス化は下図に示すように第1段階から第5段階まで進めてきた。ガスタービンの遠隔監視においては1台当たり約2000点のデータを収集監視して異常による計画外停止をなくしメンテナンスの効率化に役立てている。第三者機関の稼働率評価では、91~92%と同クラスの他者製品よりも1~2%高い評価を得ている。
サービス事業では第3段階から第4段階に移行するところで売上げ・利益が停滞するサービス・パラドックスが存在する。これはサービスの質が、部品メンテナンスからソリューションへと変化することに起因するものである。サービス・パラドックスを乗り越えるにはリスク・テイクと資源統合が重要となる。ライフサイクルコストを考えた場合、OPEX(運営コスト)支配の製品群は、サービス化しやすいセグメントにある。量産品かつCAPEX(設備コスト)支配の製品群は、リース並びにレンタルのサービス化を促進する必要が有る。受注品かつCAPEX支配の製品群は、繰り返し使用するリユースのサービスを考える必要がある。製造業のサービス化を推進することで高品質なものを必要な数だけ作り、大切に使うことが出来るため、脱炭素化社会に貢献できる。
2.リスク・テイク
不確実な事業環境に於いてリスク・テイクしサービスを創造する思考プロセスとして「Effectuation」がある。これに対して目標設定型の逆算的アプローチは、「Causation」と呼ばれ区別されている。両者の違いを下図に示す。+
Effectuationのプロセスを進めるに当たり、以下の5原則が特徴となっている。
「手中の鳥の原則」
何をすべきかビジョンが明確でなくとも、手持ちの手段に基づき一歩を踏み出す。
「許容可能な損失の原則」
うまくいくかどうかを心配する代わりに仮に失敗しても問題ない位にリスクを最小化して取り組む。
「レモネードの原則」
予期せぬ事態をポジティブに活用することで偶然をチャンスと捉え創造的なアイデアを生み出す。
「クレージー・キルトの原則」
コミットメントを共有できるあらゆるステーク・ホルダーとパートナーシップを模索。
「飛行機のパイロットの原則」
人間の行動によりつくられる未来は予測不可能なので、むしろコントロールして自分達で創りだすことに注力する。
Effectuationは、手持ちの資源・パートナーシップから発想して、自らが事業環境に適合したサービスを作り出す考え方である。
3.脱炭素化への取組:高砂水素パークの紹介
三菱重工グループは2040年にScope 1, 2,
3でカーボンニュートラル宣言を行っている。発電の高効率化でCO2を削減し、CO2回収技術で更に排出量を低減し、燃料を天然ガスから水素やアンモニアに転換することでCO2排出ゼロを達成する。
水素・アンモニア燃焼ガスタービンは、従来の天然ガス焚きガスタービンから燃焼機器部品の入れ替えのみで対応し、本体のタービンはそのまま使用するため改造が容易なのが特長。既に、世界最高効率64%の1650℃級ガスタービンで30%水素混焼を実証済。2025年までに水素100%を実証し商品化予定である。それに合わせて、既存の実証設備に水素製造・貯蔵設備を追設し、当社設備での水素製造・貯蔵から発電へと脱炭素化への取組を進めていく予定である。
質疑
講演後に参加者から以下の質問を受付け、講演者から以下の回答がありました。
Q1:コンピュータシステムを1円入札で落札して、システムのサービスで儲けるビジネスモデルは先生が説明されたどのカテゴリーに当てはまるのでしょうか?
⇒プリンターのインクで収益を上げるものと同じです。コンピュータのソフト、例えばWindows10、11とソフトのバージョンアップで収益を上げるビジネスモデルです。
Q2: 今回新しいEffectuationと言う手法の提案を頂きましたが、今後は、従来の目標設定型のCausationは使えなくなるのでしょうか?
⇒将来を見通せる状況では、従来型のCausationを使って、先を見通せない混沌とした状況では、Effectuationを使うという、二つを事業環境により使い分けるということです。
Q3:Effectuationは、状況に応じてその場その場で色々手を変えるというか、動きやすい手法ということですね?
⇒元々何もない所から創業するような手法なので、そうしないとやっていけないという所から出てきたもので臨機応変に対応することです。
Q4遠隔監視で稼働率が向上した話がありましたが、サービスの低下や遠隔監視の限界というデメリットの面はどのようなものがありますか?
⇒遠隔監視はアナログデジタルで約2000点を監視してそのデータで判断しています。一方、現場では、ルーチン点検で1日2回程度人間の五感で外観の異常や異音、異臭などの現場点検を行っております。この計測値の判断と人間による現場の判断を併せることが重要です。
Q5: Effectuationを技術士活動に活用する場合のアドバイスをお願いします。
⇒技術士の各部門や、また、自分、あるいは、技術士仲間の知見や技術を色々臨機応変に組み合わせて対応していくことです。
Q6:最近、伊藤忠が、三菱商事や三井物産を抜いて商事会社で売上一位になりましたが、Effectuationを活用したように思いますが、そのような見方はいかがでしょうか?
⇒三菱商事や三井物産、また、三菱重工もそうですが大企業はCausationが主流です。それで、私は、大企業にもEffectuationを広めていこうと考えております。サービス事業でサービス・パラドックスを乗り越えられたのが「クレージー・キルトの原則」の適用で、サービス部を超えて利用できる資源を臨機応変に活用することで事業に結びつけることができました。
Q7:「許容可能な損失の原則」は、先日亡くなられた京セラ稲盛会長の「やってみなはれ」というものでしょうか?
⇒まさにその通りです。
Q8 レモネードの法則で意図せぬ結果が新しいものを生むということで、ポストイットの成功例があげられました。そのような失敗を成功に結び付けるには、技術士の総監のようなもう一ひねりあると思いますが、その点を詳しくお願いします。
⇒これはマインドセットというものがあり、これについは研究例もたくさんあり話をすると長くなりますが、端的に言うと失敗をチャンスと見る(グロース・マインドセットに従う)ということです。
Q9:森林の排出権取引がハリボテと揶揄されているのは、森林は吸収源と言われていますが、実際にCO2を固定しているかどうかわからないということでしょうか?
⇒そういうこともありますが、実際どれくらいの面積が植林されて、どれだけの樹木が育ったかという定量的計測値の裏付けがないまま、CO2排出量の取引だけが先行して大きくなっている問題点を指摘しているものと考えます。
Q10 国のプロジェクトでは、水素を海外から調達するという考えが多いようですが、今回の講演では、やはり日本で生産するという考えでしょうか?
⇒我々自身は燃料を扱っている部門ではないので、燃料供給側で考えて頂きたい。しかし、規模の経済があるので供給側と、我々消費側で規模を拡大して水素のコストを下げて行く必要があると考えています。また、水素はいずれの形態でも輸送コストが高いので、その面では国内生産、国内消費にメリットがあると考えます。
Q11 電力取引について最近、あるいは、将来的に高騰していきそうです。これは、CO2を出さない電気が不足していることが原因と思われます。水素発電設備を増やすことで、電気料金安定化に貢献すると思いますがいかがでしょうか?
⇒まさにその通りだといえます。
Q12:水素の輸送に関してトルエンと水素を反応させるMCH(メチルシクロヘキサン)についてどうでしょうか?私は化学関係の仕事をしているので、ガソリンのうち生産が少ないトルエンが使われるようになると、石油生産の構造が変化すると考えられ興味があります。
⇒ガスタービンの燃料は、これから天然ガス、アンモニア、水素と言う順で変化していくと思います。あいにくトルエンについてはわかりません。
奥村会長挨拶
3つの大きなテーマについて話して頂きました。最初、ガスタービンのメンテナンスについて、環境を配慮して遠隔監視も取り入れながら寿命も伸ばし無駄のないものを作るという点で大変重要だと思いました。2点目の新しいビジネスモデルEffectuationと従来型のCausationは、状況によって両方使い分けることで併存できるということで新しい先の見えない状況における新しい事業の思考プロセスについて聞かせて頂きました。3点目、脱炭素の企業の取組について、水素ガスタービンの話を詳しく聞かせて頂きました。あまり公表された情報がこれまでありませんでしたので既に30%の水素混焼は実証済で、2025年までに100%水素を実証するという具体的な話を聞かせて頂きました。
3つの中でも1番目と3番目は環境研究会としても重要なテーマと考えています。2番目については技術開発に従事している聴講者にとって有用なものであったと思います。3点ともユニークで有用な話を講演頂き有難うございました。引き続き環境研究会をよろしくお願い致します。
(文責:濱崎 彰弘/佐々木
一恵/野口 宏 監修:藤岡 昌則)