教育研究機関における化学物質管理の取り組み

著者: 藤橋雅尚  /  講演者: 木下知巳 /  講演日: 2022年4月21日 /  カテゴリ: 化学部会 > 講演会  /  更新日時: 2022年12月01日

 

化学部会 総会後講演会

日 時: 2022421日(木)  18:0019:30
場 所: 近畿本部会議室 + オンライン(Teams)

 

講演 教育研究機関における化学物質管理の取り組み

講師 木下 知巳 氏 (技術士 工学博士)
特定非営利活動法人 教育研究機関化学物質管理ネットワーク(ACSES)理事長

1.はじめに

労働災害・事故、環境問題の多くには、化学物質が関わっている。それらの再発を予防するために、大学等がすぐにするべきで、出来ることがある。「化学物質の総合的な安全適正管理の実施」と「安全適正管理意識を持った次代の社会人育成に向けた教育、指導」である。それらの実施に向けた問題点を克服し、実施を支援する目的で、講演者らにより教育研究機関化学物質管理ネットワーク(ACSESが設立され、活動を続け、15年目を迎えている。教育研究機関における化学物質管理の現状と、ACSESの活動についての講演がなされた。

    

2.化学物質が関わる事故の原因と対策

世界中では、約10億人が危険・有害性の高い化学物質に触れており、年間約200万人が命を落している。日本における化学物質関連の労働災害(休業4日以上)は年間300500件で、死亡事故は概ね1020件である。それらの主要原因は、○異変の状況認識の甘さ、○情報伝達の不備、○最悪の事態への備えの不十分さである。健康障害事例に限れば、主因は、有害性に関する情報不足と不適正管理である。教育研究機関でも、多数の化学物質関連事故が発生しており、それらの主因は、化学物質の不適切な使用と情報の不足、把握不充分、管理の不充分さである。全体に共通する問題点は、化学物質の危険・有害性に関する「情報伝達」である。事故予防には、正確な情報の理解、伝達が欠かせない。大学等では使用化学物質のSDSの予習の指導に努めている。

事故に関わる化学物質

全ての化学物質は、程度の違いはあるが、危険・有害性を持っているが、市販化学物質の大部分は、危険・有害性が未検証である。健康障害の原因物質の約8割は、とくに規制されていないものである。化学物質の使用に際しては、安全適正使用三原則(1. 安全適正な使用法に限定、2. 最少量に抑える、3. 廃棄前に無害化処理)が肝要である。

. 教育研究機関における化学物質管理の重要性、特徴と問題点

重要性

教育研究機関における化学物質管理は、安全文化の構築の面だけでなく、教育研究の基盤としても極めて重要である。本来、社会の指導的な規範を示すべきである。

教育研究機関の化学物質の特徴 次のような特徴が挙げられる。

 ・教育指導下の学生、大学院生が、使用者の大部分を占める。
 ・個々の量は多くないが、その種類が非常に多い。
 ・購入後、長い年月が経過した化学物質も少なくない。
 ・理系に限定されているわけではなく、文系でも、かなりの分野に広がっている。
 ・共同実験室、シェアラボ等の化学物質のように管理責任の複雑な例も増している。

総合的な安全適正管理 次の要件が満たされるべきである。

 1.管理者が学内の化学物質の所在を随時把握できる。
 2.管理者が学内の化学物質の法定の総量を随時把握できる。
 3.化学物質使用者、関係者に対する適切な安全教育、指導が実施されている。

大学の安全管理上の主な組織的問題点

個人商店(研究室)の連合体的な性格が強く、安全管理上でも各研究室に任せがち(放任)で、全体的な管理、責任体制が不十分な所が大部分であった。そのような教育研究機関の化学物質管理上の主な問題点は次の通りである。

・国の化学物質管理体制:化学物質の用途別の縦割り行政等
・かなりの所で化学物質管理の専門担当部署不在
・人材・予算の不足、管理者・経営者の理解不足
・支援・指導・情報源の欠如
・教育研究機関の連携、相互協力、支援体制の不充分さ
・大学等が利用可能な総合的化学物質システム管理用製品データベースの不在

. 教育研究機関化学物質管理ネットワーク(ACSES)の活動 現状と今後の課題

現状

上記のような問題点を全国の大学等が連携協力して解決し、化学物質の総合的な安全適正管理の推進に向け、「教育研究機関化学物質管理ネットワーク(ACSES)」を2008年に設立し、積極的な幅広い活動を行っている。実施中の主な事業活動は次の通りである。

(1)化学物質及びその総合的な安全適正管理に関する各種相談、支援、指導、情報提供等
(2)化学物質の取り扱い・管理等に関するセミナー、講習会等の開催、講師派遣
(3)化学物質管理担当者の情報交換、連絡のため「化学物質管理担当者連絡会」開催運営支援
(4)共同利用「ACSES化学物質製品データ」の創製、提供
(5)その他

今後の課題

2008年に10大学、研究所で開始、現在90余の大学、研究所等が会員である。化学物質を教育研究用に使用している大学等で、化学物質の総合的な安全適正管理に未着手の所がまだずいぶん多いのが実情で、働きかけが今後の主な課題である。

「法令準拠」から「自律的管理」へ 

化学物質管理の考え方は、変遷しているが、大学等の「自律的管理」は、各研究室(教員)任せ―放任―ではなく、各責任者(経営、監督責任者、教職員)が学生の教育研究指導にそれぞれの責任、義務を果たすだけでなく、第三者の眼による客観的なチェックシステムが欠かせない。

主なQ&A

Q データベースの形式を教えていただきたい

A 主に登録管理用で法令と物性が中心で、SDSは用意していない(他に公的情報源があるため)。

Q 市民生活に対するケアとの関係を、大学の中でどう考えたらよいか。

A 従来、大学の教員に対して化学物質に関する適切な安全教育がなされていなかった。教員に対する安全教育の導入大学が増えている。市民に対する身の回りの化学物質や、農家の農薬に関する注意活動も必要で対応している。

Q ニュースレターを発行されているが詳細を教えて欲しい。

A 会員の大学、企業等や個人会員に送っている(年間約200号:通算約2300号、各号:10数頁~50頁)。会員以外の多数に簡略版も配信中である。配信希望、問い合わせ等は、
URL[
http://www.kyokanet.jp/application.html ]を参照されたい。

Q 教育者に対する教育を行っているそうだが、学生への教育をどうされているか。

A 安全教育の担当者不在の大学等へは、出張・リモート講義、講演等を行っている。

(文責 藤橋雅尚、監修 木下知己)