化学産業の製品開発と化学品管理の歩み

著者: 藤橋雅尚 出口義国  /  講演者: 庄野 文章 /  講演日: 2023年4月20日 /  カテゴリ: 化学部会 > 講演会  /  更新日時: 2024年03月01日

 

化学部会 総会後講演会

日 時: 2023420()  18001930
場 所: 近畿本部会議室 + オンライン 

講演 化学産業の製品開発と化学品管理の歩み

   先端科学研究分野における、化学品管理のあり方についての一考察

             講 師: 庄野 文章 氏 薬学博士 奈良先端科学技術大学院大学 委託教員

はじめに

講師の庄野文章氏は住友化学株式会社 生物化学研究所のご出身で、社団法人日本化学工業協会(当時)に出向され、その後AI分野と化学品管理との橋渡しでのAIを活用した先端研究に携われておられる。

   

1.化学物質とは

化学物質は人間社会に多大な貢献をしており、不可欠なものとなっている。Chemistryは錬金術の意味もあるAlchemistを語源とし、2つ以上の物質同士が掛け合わさって、何かが起こることを指している。生体反応は全て化学反応と電気信号の組み合わせであるが、化学反応では地球上にない新しい(得体の知れない)物質が出来ることから、如何にリスクをコントロールして、恩恵を受けるかが大切である。

2.化学物質とその開発の現状、開発物質の傾向と課題

日本の化学産業は、製品出荷額(原体ベース)で見て23兆円であり、付加価値額を加味すると日本の製造業の1割を占める基幹産業である。しかしながら研究開発効率の低下傾向が続いており大きな問題である。

化審法の届出件数でみると、新規化学物質(少量・低生産を含む)は年間3万件程度であるが、2003年と2020年を比較すると、繊維・染料系が減少し電気電子材料・フォトレジスト系が増加しており、新規化学物質の用途が大きく変化し、構造も多様化してきていることが見える。

日本の化学産業の強みの一つに機能性化学物質がある。世界シェア60%以上の材料が70種以上あるなど優位な面はあるが、今後に向けて先端分野の化学物質開発力を強化する必要がある。

3.化学物質管理における経験的留意点

化学物質管理とはヒトや環境に与える悪影響を抑制することやそのための制度を指す。悪影響を知るためには、その性格(爆発性、反応性、刺激性、毒性など)を知ることが大切であるが、構造は類似していても物性の差は大きいことに留意が必要であり、特に体内での分解性や分解物の毒性、ばく露量などについて留意が必要である。毒性は細胞の恒常性の破綻(細胞の壊死や変成)で発現するが化学物質の主たる分解臓器である肝臓などへの影響の判断が特に大切であり、28日間の反復投与テストとその観察結果を使って毒性の発現過程を推察している。

日本の化学物質規制の法体系は、ヒトの健康への影響の規制であり、動植物を含む生活環境へのリスクをカバーしていない現状である。リスクとベネフィットについて、医薬・農薬・一般化学物質に分けて考えると、医薬は生命維持重視でリスクは臨床管理、農薬は生態系への影響・種特異性・生分解性の追求が重要、工業用化学物質は生理活性については重視しないが分解物や代謝物ならびに蓄積性に関する情報が重要である。なお工業用化学物質の場合は今後、電子電子材料に使用されるレアメタル等の、リスク評価について追求する必要がある。

4.法令管理型から自主管理型へ

化審法は施行後半世紀を経過し、科学技術の発展に対応出来ない面が出てきており、安衛法に続いて法令準拠型から自主管理型に移行する必要がある。留意点として農薬の事例であるが、ピレスロイド系の家庭用殺虫剤(蚊取り線香など)は、昆虫とほ乳類の代謝系の違いを利用した化学物質であり有効成分を揮発させて利用している。揮発性を高めると利便性が高まるので、側鎖をフッ素系の化合物に変えた製品もあるが、ハロゲン化合物の毒性の評価が必要である。また、複合影響についても、相乗効果を含めて検討が必要になってくると思われる。

化学物質管理や リスク管理の評価手法は先進国間での標準化が進んできている。リスクを評価するために基礎データとして許容濃度が必要である。リスク判定の手法として、化審法では生分解性基準未達の場合は反復投与試験(ラット、28日間)を求めているが、動物実験に関する考え方の違いから、米は要求なし、EUは事業者による判断に委ね最終手段としての要求である。動物愛護の観点から、今後動物実験は確実に困難になってくる方向である。

5.AI-SHIPSプロジェクト

AI-SHIPSプロジェクト(AI-based Substance Hazard Integrated Prediction System)は、「未来投資戦略2017」として閣議決定されたプロジェクトであり、本学で研究している。目的は技術進歩に合わせた行政手続革新のため、化学物質審査について事業者の負担軽減を目指し、集積されたデータ等のAI分析を行って毒性予測システムの構築である。現行の28日間の動物実験は、試験できる機関が少ないこと、高額で手間と時間がかかることを解決し、ラット試験の不要化を目指している。

in silico (コンピュータ内での仮想実験:in vitro(試験管内実験)、in vivo(生体内実験)から派生)によって、毒性予測手法を開発し、動物による毒性実験を無くしていく考え方であり、以前から注目され研究が続けられている。

6.従来法とAI-SHIPSの違いについて

従来法は、化学構造・物性情報などから、統計学と数学的解析を使って未知物質の性質を予測する手法である。AI-SHIPSは、毒性発現機構に関与あるいは変動する生理学的パラメーターについてin vitro試験を実施し、データを集積・解析して毒性との関連性をin silicoを使って、未知物質の毒性を予測する手法である。

AI-SHIPSでの解析方法は、船津3層モデル(右図)を使って、観測不可能なMIE/KE(分子レベルでの開始イベントと細胞内で起こるイベント)と毒性との関係を予測する方法である。構築に当たって、化審法による毒性実験データ(28日)の蓄積を活用し、毒性発現の主要ポイントである肝毒性・血液毒性・腎毒性についてリスクを予測する。

  

開発の主たる対象物質は、一般工業用薬品と生分解性試験での分解物である。なお対象外として、生分解性試験で無機化される物質、高分子物質(分子量1000未満成分1%以下)、低懸念高分子物質、高蓄積性物質は除く設定としている。

この研究分野の世界的現状は、反復投与毒性などに関する計算科学的手法であるが、確立はまだできていない。AI-SHIPSではin vivoのデータを活用し、毒性発現機構に関して透明性を確保しながら体内挙動の予想をする方向付けであるが、データの提供不足が課題である。

5.まとめ

化学品管理について、ヒトへの健康影響・生態影響に関する、リスク管理と有用性の評価は、車の両輪である。日本国内に対しては、毒性に関して俯瞰的な視点を持つ専門家の養成が重要であることと、管理手法に関して国際的な流れである法令準拠型から自立管理型に移行する流れに対応することが大切と考えている。

Q&A

Q 環状シロキサンは、水生生物への毒性が指摘されているが予測可能か。

A ミジンコや甲殻類に毒性があるけれども種による差が大きい。生殖毒性は内分泌攪乱と同様に難しい問題である。現在の基準では、ミジンコ・藻類・メダカに対して調べることになっている。

Q 化審法で安全性データがたくさん登録されているが、活用はどんな具合か。

A データは全て政府に届けてあるが、所有権は企業にありなかなか公開してもらえないという問題がある。協力いただける企業もあるが、説得が必要な例が多数ある現状である。

Q マテリアル・イノベーション(マテリアルを通じた社会変革)を行おうという企業が増えているという認識であるが、マテリアル・イノベーションと、インフォマティックス(情報科学)との関連性を教えて欲しい。

A 日本では利用限界が見えている感じでありあまり進んでいないという認識であったが、
AIのおかげで研究開発にインフォマティクスを利用しようとする動きが出てきている。
近年化学系大企業ではAIの活用でケモインフォマティックスが盛んに取り上げられており、演者の大学では両者をつなぐテーマにも取り組んでいる。

以上

文責 藤橋雅尚、出口義国  監修 庄野文章