科学技術倫理と環境倫理

著者: 山崎 洋右、山本 泰三 講演者: 鳥羽瀬 孝臣  /  講演日: 2010年02月05日 /  カテゴリ: 講演会  /  更新日時: 2012年08月17日

 

【環境研究会第47回特別講演会】 ★  100205

日 時:平成2225日(金)

 

テーマ:科学技術倫理と環境倫理

講 師:鳥羽瀬 孝臣氏 技術士(建設部門) 電源開発株式会社(J-POWER

理系の大学や高専では、JABEE制度の中で科学技術倫理に関する教育が必須になりつつある。講師は、千葉大学大学院園芸学研究科「生命環境倫理」の15回にわたる講義を担当され、その中から、特に科学技術倫理の枠組みとその重要な要素である環境倫理に焦点をあてて講演された。

 

1.科学技術と倫理

技術は科学を応用し、目的・意図を持ってモノやシステムを作ることであり、科学技術が及ぼす倫理的・法的・社会的課題(ELSI)に対して責任ある取組みが求められる。科学技術倫理の枠組みとして、科学技術と社会との関わりを論じる「技術倫理」と、科学技術の専門家である技術者の社会的責任を論じる「技術倫理」とを区分した上で、3つのモデル(専門職モデル、相互依存性モデル、社会実験モデル)を使って、倫理の必要性を理解する。具体的事例として、工場の土壌汚染問題を取り上げ、長期間隠されてきた汚染の事実を知った技術者の行動を倫理的側面から考察するグループ討議を行い、「技術倫理」の理解を深める。

2.企業倫理と組織風土

リコール問題やデータ改ざんなど、技術に関わる企業不祥事が多発している。技術者の多くは企業など組織集団に所属しているが、技術者倫理の課題として、集団内部における心理メカニズム(例えば、悪いことは分かっているが、会社のために・・・といった心の葛藤)を理解しなければ、個人の倫理だけを強調しても意味をなさない。企業が社会に受容れられるためには、より良い組織風土を形成する必要があり、そのために、公益通報制度の活用や内部告発は認められるべきであろう。具体的事例として、水俣病の原因を早くから突き止めていた医師の行動を倫理的側面から考察するグループ討議を行い、「技術倫理」の理解を深める。

3.生命倫理と環境倫理

人間の「生命」に関する社会的課題として、臓器移植などの医療の問題や、遺伝子組換作物などの食の安全問題があり、これらを対象として「生命倫理」の領域とする。また、人間社会と自然環境の相互関係を対象とする「環境倫理」は動植物、生態系や地球を視野に入れている。環境倫理の3原則として、①自然の価値、②地球の有限性、③世代間倫理があり、これらを満足するためには、経済成長一辺倒から、経済・社会・環境のバランスを重視した持続可能型の社会経済システムに変革していく必要がある。世界の持続可能性は、人口問題、資源・エネルギー問題、食料・水問題、環境問題の4つが課題であるが、それらは相互に連関し合っており、科学技術はこれらすべてに関わってくる。例えば、食料の持続可能性を求めようとすれば、遺伝子組換作物やバイオ燃料などの問題に直面し、科学技術の問題でありながら科学技術だけでは解決できない「技術倫理」の扱う領域となる。

4.自然と人間の関係

ヒトも自然の一部であり、人々の安全で豊かな暮らしを支えるためには、安定した気候と循環や、生物多様性が保障される必要がある。人々は、科学技術を用いた「開発」を行うことで、自然から「恵み」を得て豊かになる一方で、公害問題や地球温暖化問題などを契機に、過度の開発行為は自然環境を劣化させることに気づき始めた。人間が持続的に「自然の恵み」を得るためには、自然の価値を尊重し、生物多様性(種、生態系、遺伝子の3階層)や生態系を保全する必要がある。生物多様性の保全事例として、奥只見・大鳥発電所の29万kWの増設計画を取り上げ、発電所増設工事(開発行為)と、計画地域に生息する絶滅危惧種であるイヌワシの保護の両立(共存)に向けた取組みを紹介する。対自然(イヌワシ保護)に関しては、自然の不確実性を考慮した順応的管理(adaptive management)を、対人間(社会的受容)に関しては、説明責任の重要性を強調する。

5.低炭素社会

IPCC4次報告書では、①地球の気温が上昇していること、②気温上昇の原因は人為的に排出されたCO2などの温室効果ガスによるものであること、③気温上昇が進むと地球規模で生態系や食料・水資源などが大きな影響を受けるおそれがあることを指摘している。地球温暖化問題は、今や世界の最重要課題の一つである。CO2排出抑制に向け、昨年コペンハーゲンで開催されたCOP15での議論のポイントとともに、先進国と新興国(中国やインドなど)との交渉における「共通だが差異ある責任」の概念を紹介する。低炭素社会に向けた技術的対応として、緩和策(mitigation)と適応策(adaptation)の両方が必要である。スターン・レビューによれば、早期かつ強力な緩和策(CO2排出削減)を行うことで、結果的に人間生活を守るための適応策を軽減することが可能となり、コスト的にもメリットがある。このような技術的対応を促す原動力として、予防原則に基づく環境倫理の意識や、制度設計の重要性を理解する必要がある。

6.リスク・コミュニケーション

科学技術には、便益(光)とリスク(影)があり、便益がリスクを上回るときに、その科学技術は社会的に受容れられる。リスクについて考えると、専門家が評価する客観的リスクと、人々が認知する主観的リスクはしばしばギャップが生じるため、そのギャップを埋めるために、専門家と人々との間で双方向のリスク・コミュニケーションが求められる。コミュニケーションが成立するためには、専門家は人々から信頼されていなければならず、そのために専門家には高い専門能力、倫理的行動、価値観の共有化が要求される。専門家が提供する技術的な「安全」に信頼の要素が加わることで、人々の「安心」に繋がる。

Q&A

Q:生物多様性で種が減少するとの説明であるが、新型ウィルスとか環境変化に適応し、増えていく考え方になじまないのでは?

  生物は長い時間をかけて環境の変化に適応できる能力を持っている。しかし、現在は温暖化や開発の影響などに伴う環境の変化が早すぎ、生物の適応能力が追い付かずに、生物種が減少し絶滅のリスクが高まっていると考えられる。

Q:環境倫理を別枠で考えられる人は少ない。環境倫理はかみくだいて言うとどういう意味か?

→ 環境を改善するためには技術や制度が必要であるが、その技術開発や制度設計を行うための原動力として自律的な意識が重要であり、それが環境倫理だと思う。多くの技術者は自分の専門のことはよく知っていても意識の大切さに気付いていない人が多いのではないか。

 

コメント

難しい課題を大学院の授業として体系的に整理し、豊富な資料としてまとめたものをもとに、事例を交え丁寧に説明して頂いた。講演後、活発な意見交換があったが、その一部を紹介した。全体を通じて有意義な内容であった。

                     (監修:鳥羽瀬 孝臣  作成 山崎洋右、山本泰三)


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