超臨界流体と日本の産業

著者: 一花 裕一 講演者: 一花 裕一  /  講演日: 2010年07月15日 /  カテゴリ: 講演会  /  更新日時: 2011年01月11日

  

化学部会(2010月度)講演会報告

  時 : 2010715日(木)

 

講演 超臨界流体と日本の産業

一花 裕一 大阪大学大学院理学研究科博士後期課程化学専攻
                      一花研究所 代表

 

はじめに

超臨界流体は温度や圧力によって溶解力・イオン積・比誘電率が大きく変化する性質を持っている。そのため、有機溶媒の代替物質や反応場として注目されている。現在、実用化されているものにはコーヒー豆のカフェイン抽出、応用研究に炭素繊維強化プラスチックのリサイクルがある。本日は超臨界流体と日本の化学産業との関わり方を含めて紹介したい。

超臨界流体について

超臨界流体は「臨界温度及び臨界圧力(臨界点)を超えた非凝縮性高密度流体」と定義されている。物質によって臨界点は様々であるが、二酸化炭素は臨界温度が31℃と低く、臨界圧力は7.3MPaと通常のガスボンベを扱う程度の圧力であるため、比較的手軽に超臨界二酸化炭素を作り出すことができる。超臨界流体は僅かな温度や圧力の変化で溶解力(図1)や比誘電率を大きく変化させることができる。そのため、温度や圧力の条件を決めることにより、希望する性質を持った溶媒を作り出せる。すなわち有機溶媒の代わりができることに加え、高温高圧の反応性の高い流体を用いて化学反応を起こす場としても利用できる。

          図1 35℃と55℃での超臨界二酸化炭素中のナフタレンの溶解度

 

超臨界流体を利用した技術

前述のようにコーヒー豆のカフェイン抽出が実用化されており、超臨界二酸化炭素を溶媒としてコーヒー豆から安全にカフェインだけを抽出するものである。超臨界二酸化炭素抽出以外に有機溶媒を用いる方法があるが、有害な有機溶媒がコーヒー豆に残留する恐れがある。また、水を用いる方法では、カフェインを含むいくつかの成分を抽出し、その抽出液からさらにカフェインを抽出して、カフェイン以外の成分をコーヒー豆に戻すため、2度手間である。したがって、無害で常温常圧では気体の二酸化炭素による超臨界二酸化炭素抽出は食品の加工に適している。

期待されている研究に炭素繊維強化プラスチック(CFRP)の分解・再資源化がある。CFRPは、航空機やスポーツ用品など幅広い用途に使われ急激に需要が伸びているが、高価でかつリサイクルが困難な材料である。超亜)臨界水によってCFRPから炭素繊維を取り出すことに成功している研究(図2)が発展していくことに期待したい。

他に、麦芽の加工技術、レジストの乾燥技術、人工水晶の合成、医薬品への利用について紹介した。

        図2

超臨界流体を扱う上での課題

超臨界流体は様々な応用が検討されているが、課題もある。その中で私が現在行っている研究で実感していることを3つ挙げる。

密閉した圧力容器がなければならない。
超臨界流体、特に臨界点付近、の性質は温度や圧力に非常に敏感で、制御が難しい。
スループットが低い。

非凝縮性流体と言われるように拡散性が大きいことも超臨界流体の特徴であるが、密閉した圧力容器が必要であるために、容器内の様子・性質を評価することが困難で工夫がいる。

圧力の制御は、ニードルバルブを使った背圧弁の開閉により行っている。僅かな気体の排出でも大きく圧力が変わるため、連続的に減圧していくことは難しい。また、臨界点付近では図3に示すように密度の変化が大きい。したがって、実験室のスケールでは連続的に流体の性質を変えていくようなプロセスも難しい。この課題の解決方法の一つとして圧力容器の容積を変えることで、圧力を連続的に変化させることができる容器を開発した事例がある。このような容積可変型の圧力容器による方法も含めて、制御技術の発展を期待したい。

電子デバイスの製造工程で表面張力がゼロの流体を用いることは、微細なデバイスを扱うのでメリットがある。しかし製造工程はほとんど真空中で行われるため、高温高圧の超臨界流体を利用することは効率が悪い問題もある。

       図3 超臨界二酸化炭素の密度変化

日本の化学産業との関わり方

課題も多い超臨界流体とは言え、資源の少ない日本にとって有用なものと考えている。その理由は、以下の二つである。

  既存の有機溶媒の代わりになる。
  高付加価値製品を製造できる。

前者は、石油由来の有機溶媒を使用せず、それらの性質に合わせた流体・温度・圧力を決めるだけで済むメリットが大きい。二酸化炭素は空気中に豊富に存在しているため、いくらでも使用でき、無害な流体を選ぶことで、有機溶媒より安全で環境にも配慮できる。また、スループットの低さについては、医薬品、食料品、電子デバイスなどの高付加価値製品を対象とすれば、日本が得意としていた分野でもありカバーできると考える。

余談ではあるが、日本人の几帳面な性格が制御の難しい超臨界流体を操れると思っている。

現在行っている研究と今後について

まだ論文発表など行っていないため、詳しく述べることはできないが、超臨界二酸化炭素を溶媒とした材料作製プロセスの研究を行っている。新しい材料作製プロセスの開発とフレキシブルディスプレイへの応用に期待している。論文の発表後は部会などでお話したいと思っている。

参考文献

12は下記参考文献より抜粋
佐古猛、岡島いずみ、超臨界流体のはなし、日刊工業新聞社、ISBN4-526-05708-8

文責 一花 裕一


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