光合成色素を合成する酵素と基質複合体の結晶解析
近畿本部化学部会(2016年8月度)講演会報告
日 時 : 2016年8月6日(土) 15:30~17:00
場 所 : 近畿本部会議室
講演:光合成色素フィコシアノビリンを合成する酵素と
基質ビリベルジンとの複合体の中性子結晶解析
福山恵一 大阪大学名誉教授
1.はじめに
光合成は地球上で最も基本的な化学反応である。すなわち太陽の光エネルギーを利用して水分子を還元し、酸素分子を発生する。同時にこの反応によって生じるプロトン(H+)を使って、様々な分子を還元する。光合成反応はphotosystem
I (PSI)とphotosystem II(PSII)という2種類の巨大なタンパク質複合体が担っている。PSIやPSIIが効率よく反応するため、複合体の周囲には光捕集するタンパク質複合体が存在している(図1)。これらの複合体でまず光エネルギーを吸収する色素分子がビリン色素である。
図1 植物とシアノバクテリアの光捕集複合体
ビリン色素はヘムを酸化的に開環してできたビリベルジン分子(BV)を、様々な箇所を還元することによって合成される(図2)。ビリン色素には幾つかの種類があり、これによって植物やシアノバクテリアなどの光合成生物は幅広い波長を利用できるようになっている。ビリン色素の中で主要なものがフィコシアノビリン(PCB)である。BVから2段階で還元し、PCBに導く酵素がphycocyanobilin:ferredoxin
oxidoreductase (PcyA)である。
図2 ビリン色素の生合成
2.PCB合成における科学的興味と問題点
酵素は基質分子の一定箇所の化学結合を変えるタンパク質である。PcyAの場合図2に示すように、第一段階でD環のビニル基を還元し、その後A環のビニル基を還元する。一つの酵素で互いに離れた2カ所を還元する仕組みはどうなっているのだろう?しかも、2カ所の還元は決まっており、逆になることはない。その理由を解明すべく、我々は基質が結合したPcyAの立体構造をX線結晶解析で決定した。その結果、BVはU字型になっており、A環とD環は互いに接近していることがわかった(図3)。A環とD環はPcyAの内部に、プロピオン酸は分子の外側にあった。興味深いことに、必須アミノ酸残基であるアスパラギン酸の側鎖はBVの中央付近に位置し、しかも二通りのコンフォメーションをとっていた。また、D環ビニル基の近くにはGlu76残基のカルボキシル基が位置していた。
図3 PcyA-BVの立体構造とBVのコンフォメーション生化学、Vol.87、753-757 (2015)から転載
3.PcyA-BVの中性子結晶構造解析
X線は原子が持つ電子によって主に散乱されるのに対し、中性子線は原子核で散乱される。また、X線は各原子の原子散乱因子に比例して散乱されるのに対し、中性子線は原子散乱長に比例して散乱される(図4)。例えば重水素原子と炭素原子は同じ散乱能を持ち、水素原子は符合が逆である。
図4 X線と中性子線の特徴
従って、中性子線だと水素原子が見やすくなり、水素が解離性のものかどうかも判定できる。しかし、中性子線はX線に比べて弱いことが問題である。このため、中性子解析に用いる結晶のサイズは106〜107倍必要であり、露光時間もX線(放射光)の場合数秒であるのに対し、中性子線の場合何時間もかかる。
PcyA-BVの場合、用いた結晶のサイズは約2.5 mm×1.8 mm×0.6 mmであり、1フレームあたり9時間かけた。また、回折実験の前結晶を重水にソーキングすることによって、解離性の水素を重水素に置き換えた。PcyA-BVは光によって構造が変化するので、結晶化や回折測定など一連の実験では遮光して(緑色光下で)行った。このようにして、24のデータセットを収集した。これにより1.95 A分解能の回折強度データを得た。
4.PcyA-BVの中性子解析から明らかになったこと
今回の中性子結晶解析から、酵素PcyAと基質BV分子の水素原子位置がわかった。これにより、PcyA-BVではPcyAとBVのそれぞれが、2種類の状態をとっていることがわかった。すなわち、PcyA-BVとPcyA—-BV+が存在していた。PcyAのAsp105は二通りのコンフォメーションをとっているが、一方のアスパラギン酸は中性(COOH)、他方は負に帯電(COO-)していた。これに対しBVは、中性のBVと正に帯電したBV+が共存していた(図5)。
図5 PcyA-BVとPcyA—-BV+の2種類の状態 生化学、Vol.87、753-757
(2015)から転載
BVとPcyAはHis88と水素結合でつながっている。His88のNeからさらに水素結合でつながっているが、ここにあるのは水分子ではなく、ヒドロニウムイオンであることも明らかになった(図6)。なお、Glu76、His88やAsp105を他のアミノ酸残基に置換すると、PcyAの活性はほとんどなくなる。また、BVのD環のビニル基の位置を変えても、これが還元を受けなくなる。
図6 BVとPcyAをつなぐ水素結合ネットワーク生化学、Vol.87、753-757 (2015)から転載
5.まとめ
本中性子解析から、PcyAの第1段階のBV還元反応の仕組みが初めて明らかにされ、フェレドキシンが供給する電子を使ってPcyAがD環のビニル基を還元するメカニズムが解明された。まず、ビニル基に近いGlu76からプロトンが供給され、その後、次々と電子とプロトンが供給され、第一段階の反応が完結する。
今後の課題としては、第2段階のBVのA環ビニル基の還元メカニズムが残されている。
Q&A
Q PcyA-BV複合体の結晶構造解析の際に出てくる「Au誘導体」「Hg誘導体」とは何か?
A 構造解析で重原子同型置換法があり、そこで用いられる重原子試薬で修飾したタンパク質結晶である。
Q PCBが水を還元しているということか?
A そうではない。PCBは光エネルギーを吸収する役割を持っている。還元自体はPSⅡが行う。
Q 「人工光合成」という言葉を最近よく聞くが、どういうものなのか?
A 簡単に言えば、PSⅡなどのシステムを人工的に作る試みのこと。分子構造がわかってきたので、可能になってきた。
Q 中性子回折に必要な巨大結晶を作るのはどれくらい難しいのか?
A 結晶性の高いことが要求されるので、容易ではなかった。今回の結晶は最適条件を見つけてから数週間で作製できたが、条件が見つかるまでに地震の影響など紆余曲折があり、結果的に6~7年要した。
参考文献
・ Y. Hagiwara et al. Proc.
Natl. Acad. Sci. USA 103, 6471-6476 (2006).
・ Y. Hagiwara et al. J. Biol.
Chem. 285, 1000-1007 (2010).
・ M. Unno et al. J. Amer.
Chem. Soc. 137, 5452-5460 (2015).
・ 海野昌喜ら、日本結晶学会誌、Vol.57、297-303 (2015).
・ 福山恵一ら、生化学、Vol.87、753-757 (2015).
文責 末吉俊信 監修 福山恵一