人工光合成の現状と展望
近畿本部 繊維部会・化学部会(2017年2月度)講演会報告
日 時
: 2017年2月18日(土) 13:30~16:30
場 所 : 大阪産業創造館 5階 研修室 E
講演 :人工光合成の現状と展望
~二酸化炭素の削減から資源化への転換~
大阪市立大学 人工光合成研究センター所長 天尾 豊 教授(工学博士)
1.人工光合成がなぜ注目されたか
1997年COP3京都議定書にみるように、温室効果ガス削減の必要性が高まっている。温室効果ガスである二酸化炭素を減らす方法としては、地中貯留技術(CCS)や海洋投棄などの方法が提案されている。しかし、根本的には、低炭素エネルギー社会を構築していかなくてはならない。再生可能エネルギーやエネルギー効率の向上、断熱などによる無駄なエネルギー需要の削減など、様々な方策が考えられている。一つに的を絞らず、用途に応じて併用することが必要である。
人工光合成も低炭素エネルギー技術の一つである。メタノール燃料は、燃料の炭素数が少なく二酸化炭素を削減できるため、注目されている。現状では、エタノールから変換して製造されているが、二酸化炭素を還元してメタノールを作ることができれば、低炭素の決め手となる。
人工光合成の研究は、オイルショックを契機に注目された。しかし、バブル崩壊で陰りが見え、2000年ごろに大きなプロジェクトがほぼ終了し、2008年まで人工光合成研究にとっての暗黒時代があった。しかし、2009年国連・気候変動サミットにおける「1990年比で2020年までに温室効果ガス25%削減」との宣言や、2011年の福島第一原発事故を機に、人工光合成研究が再び脚光を浴びるようになった。
2.光合成の仕組み
天然の光合成とは、緑色植物が太陽光のエネルギーを用いて、二酸化炭素(CO2)と水(H2O)から炭水化物(グルコースC6H12O6)を合成し、酸素(O2)を放出するものである。光合成反応は、水を分解する過程と還元力を作る過程とで構成されており、複雑な過程を経て進む("Z Scheme Diagram")。光によって色素分子が励起状態になった後、低エネルギー状態に行く際、別反応が起きて反応効率が落ちないようにする必要がある。これを、天然の光合成では、約30段階の反応ステップを経て、少しずつエネルギーが下がるようにし、実現させている。個々の反応ステップでは、反応効率が100%である。
図1 Z Scheme Diagram
3.人工光合成の仕組み
人工光合成は、低炭素エネルギーである水素を水から得る方法として、期待されている。ただし、現状では、水素は石油精製の複製として出てくるため安価であり、コスト的に人工光合成のほうが高くなるのがネックである。人工光合成技術に関する国のロードマップも出ており、2022年から実証実験に入ることになっているが、かなり先を見越したもので学術的研究の域を超えていない。
天然の光合成システムは複雑すぎ、これを人工的に完全に模倣することは不可能である。必要な部分・重要な部分を模倣することになる。酸素発生側と水素発生側をそれぞれ作ってうまく連結する、というのが基本的戦略となる。
Pt微粒子とクロロフィルを混合し、Ptを触媒にして光水素生産反応をさせたことがある。さらに、Ptに代わる触媒として生体触媒を用い、可視光で、二酸化炭素-ギ酸変換反応や二酸化炭素-メタノール変換反応をさせたこともある。
図2 人工光合成(大阪市立大学HP引用)
4.人工光合成技術の研究開発動向
国内外の大学・企業で以下のような研究例がある。日本の研究体制としては、生体触媒・光触媒・分子触媒それぞれの研究分野の連携が少ない問題があり、今後の課題である。
・半導体光触媒を利用した可視光2段階励起による水完全分解(京都大学阿部竜教授)
・分子触媒を用いた二酸化炭素の光還元(東京工業大学石谷治教授)
・シート状光触媒を用いた水の光分解(東京大学堂免一成教授)
・窒化物半導体を光電極として用いた、銅系金属触媒によるメタン生成(パナソニック)
・ガス拡散電極と、半導体光触媒とCIS薄膜太陽電池との積層構造光陽極による、炭化水素生成(昭和シェル石油)
・Photocatalytic Hydrogen Production
using Polymeric Carbon Nitride with a Hydrogenase and a Bioinspired Synthetic
Ni Catalyst(Angew. Chem. 2014, 126, 11722 –11726)
・Wiring of Photosystem Ⅱ to Hydrogenase for Photoelectrochemical Water Splitting(J. Am. Chem. Soc., 2015, 137 (26), pp 8541–8549)
図3 人工光合成研究例(
人工光合成技術は、時折、社会情勢で盛り上がることがあるが、逆に不景気になったときの巻き添えが心配になる。少しずつでも長く続けられるようにすることが大事である。
5.大阪市立大学における人工光合成研究
大阪市立大学人工光合成研究センターは、先端的な光合成・人工光合成研究を進める教員と、関連する企業とが共同講座・部門を組織し、人工光合成を加速的に実現させる産学官連携拠点として、2013年6月に設立された。2019年までにハイブリッド光合成モジュールを完成させ、2030年までに商業生産(産業化)することを目指している。光合成・人工光合成研究を中心とした次世代エネルギー創製等に関する4部門を設置し、多角的に共同利用・研究を進めることができ、基盤研究から応用展開研究・企業との共同研究まで受け入れ可能である。また、センター内に設置してある最先端の分析機器には担当の支援職員を配置しており、測定から解析まで潤滑な研究推進が可能である。2016年度からは、文部科学省の「人工光合成研究拠点」として採択・認定された(2021年度まで)。
図4 研究成果例(酢酸からエタノールの合成)大阪市立大学HP引用
これまで、以下のような研究成果が上がっている。
・人工光合成技術を用いた、太陽光エネルギーによる酢酸からエタノールの合成(マツダとの共同研究)
・人工光合成による二酸化炭素→ギ酸生成において、酵素触媒変換効率を約560倍向上させる人工補酵素分子の開発
・生体材料と燃料電池の複合化→酸化チタンへの葉緑体固定
今後は、二酸化炭素を原料とする炭素−炭素結合生成可能な人工光合成系の開発や、複雑すぎるNADP+の光還元系の簡略化などを研究していきたい。
6.人工光合成システムの社会への導入イメージと実用化への課題
2030~50年までには、人工光合成技術を二酸化炭素削減へ展開する技術にしたい。人工光合成技術は、電力や燃料生産など、いろいろなことができるので、いろいろな分野の人に参入してきてほしい。海外では、"SCOT Project" など、二酸化炭素を原料として利用する本格的なプロジェクトがある。日本では、二酸化炭素地中貯留技術(CCS) が中心となっているが、CCSの二酸化炭素の一部を人工光合成に回すなど、連携したプロジェクトが必要である。生体触媒・固体触媒・分子触媒・光化学の研究を横断的に進め、太陽エネルギーを利用したエネルギー生成を目的とする、人工光合成システムの実現化に向けて、要素技術を確立していきたい。
図5 人工光合成技術を駆使した循環型社会像
7.まとめ
◎今後の地球環境やエネルギー問題を解決するためには、低炭素エネルギー社会を構築して行かなくてはならない。
◎低炭素エネルギーは様々であり、一つに的を絞ることをせず、用途に応じて併用することが必要である。
◎二酸化炭素の排出をゼロにすることは事実上不可能であり、排出量を削減するような科学技術が必要である。
◎二酸化炭素の排出を削減するためにも、まずは人工光合成技術でその一部を再還元できれば、社会的貢献につながる。
Q&A
Q 分離膜はなぜ必要なのか。
A 生成されて出てくるものが1種類ではないためである。酸素と水素が同時に出てくる場合には、量が多いと爆発の危険性もあるため、安全面でも分離の必要がある。
Q IT技術を活用できるような場面はあるか。
A 基礎段階では光源角度のプログラミング制御に使われている。また、葉緑体保護のためのUVカットにも活用されている。今後の産業化に当たっては、自動化など化学工学的な取り組みも必要になってくる。
Q 人工的な加工触媒ではなく、屋外で自然触媒を用いることはできないのか。
A 効率も悪く、天候で左右される問題がある。また、日本は遺伝子組み換えへのアレルギーが強く、法規制が厳しい。そのため、屋内でしかできないジレンマがある。
Q シート状光触媒の話もあったが、繊維基材を使うことにより、表面積UPによる高効率化など、メリットは出せないか。
A 表面積UPで高効率化は期待できる。中空糸膜で溶液中生成物を分離することも考えられる。また、二酸化炭素から光合成で、繊維用の前駆体を作ることも考えられる。
Q 光合成の30段階ステップに関わる化学物質は解明されているのか。また、これらを人工的に作れば、光合成をまねできるのか。
A 各ステップの化学物質は解明されていて、天然から抽出できる。しかし、これらをそのまま単純に水に入れても、光合成はできない。これら物質が距離を保って結合せず、ある程度の幅を持って動けるようになっているのがポイントである。結合すると堅すぎ、うまく機能しなくなる。細胞内は液晶のように粘度もちょうどよく、電子移動がうまく起きるような系になっていると考えられているが、まだ解明し切れていない。
文責 久保田正博 監修 天尾豊