現代の科学技術における技術者倫理と今後の方向性
近畿本部化学部会(2018年3月度)講演会報告
日 時:2018年3月03日(土)15:00~19:00
場 所:近畿本部会議室
講演1:「現代の科学技術における技術者倫理と今後の方向性」
講師 田岡 直規 (公社)日本技術士会近畿本部 副本部長 技術士(機械、総監)
講師は技術者倫理にいち早く注目し、長年にわたり近畿本部をはじめ様々な研究会で研究・教育活動の推進を図り、多くの大学で次世代を担う学生の教育に携わっておられる。
1.何故技術者倫理か
現代の科学技術の巨大化、総合化、複雑化により「技術的リスク」を的確に把握・認識することが困難になり、個々の技術の責任が不明確になってきている。一方で、そのような状況下技術者は意思決定を迫られるケースが多く、社会的責任はますます大きくなってきている。20世紀の科学技術がもたらした「正の効果」として電力の利用、電化製品、クルマ、医療、コンピュータなどの例を挙げることが出来るが、一方、「負の効果」として昨今頻発する技術者が関与する事故・不祥事などがある。
続いて、「技術者倫理」について、“技術者個人が仕事の上で倫理に関わる問題に出会った場合にどのように対処するか”という命題について、技術者が社会に対して負う責任に関して、法(他律的)と倫理(自律的)の観点から説明してみる。はじめに「なぜ技術者倫理か」について、次の3点を挙げることが出来る。
1)科学技術が人間生活に及ぼす影響の重大性、および社会に及ぼす影響には、「正の効果」も「負の効果」も拡大する傾向があることを認識し、技術者倫理こそがその制御の中心的な役割を果たすことへの認識。
2)企業や技術者の倫理が問われる事故・不祥事が頻発していること。
3)日本技術者教育認定機構(JABEE)が発足し、教育プログラムの認定ために技術者倫理の単位取得が必須となったこと。
全米プロフェッショナルエンジニア協会(NSPE)の倫理基本綱領、及び日本技術士会の技術士倫理綱領の紹介があり、その関連で下記の説明があった。
2.事例研究の紹介
1)公害病(四大公害病、水俣病)
化学産業の「正の効果」と「負の効果」を対比し、例えば水俣病については予防の原則(下記)への認識がかけていたといえる。
「人の健康や環境に対する深刻、かつ不可逆なリスクがあると予想される場合は、リスクの根拠が科学的に未解明であっても「安全面」では予防的な措置を講じる必要がある。」
2)原子力発電所事故:各事故について、それぞれのポイントの説明があった。
① スリーマイル島:多重防護・ヒューマンエラー・故障
② チェルノブイリ:情報伝達不足
③ 福島第一 :「想定外」リスク評価誤り
3)鉄道事故(JR福知山線):「企業の罪」は問えるのか、企業の倫理観に任せるだけでは事故は防げない。⇒ 技術者倫理が重要となる。
4)自動車事故:それぞれの状況についての説明
① フォード車ピント :危険情報を知りながら私益優先。公衆優先原則無視
② フォルクスワーゲン:排ガス規制値をクリアする不正ソフトを使用。技術陣把握
⇒ 内部告発など倫理意識に基づく行動が必要
③ トヨタ・プリウス :複雑な電子制御システムの「正の効果」と「負の効果」について、社会や公衆に対し情報公開、説明責任を果たすことが必要。
3.予防倫理から志向倫理へ
これまでの技術者倫理は技術者を委縮させる傾向がある予防倫理が中心であったが、これからは、技術者を鼓舞し、動機づけるために志向倫理が求められている。その比較は右の表のとおり。
4.「 幸せ(よく生きること)well-being 」に関する科学
「幸福」は近年まで厳密な「科学的」な研究対象とは考えられてこなかったが、1990年代後半から「well-being」の学術的・科学的研究が、心理学、経済学、行政学、人類学など様々な領域で急展開している。「幸せ」を構成する要素:セリグマンのPERMAモデル(Positive
Emotion Engagement Relationship
Meaning Achievement)を使うと、技術者倫理の基本原則と幸せについて次のようにまとめることが出来る。
1)倫理的な技術者は、技術者倫理の第一原則に従い、「人類と社会の福祉(幸せ)」を最優先して意思決定をし、行動する。「人類と社会」の「幸せ」のために、自らの専門的知識と能力を駆使して奉仕することは、技術者にとって目指すべき志向倫理的な目的である。
2)人類や社会に危害をもたらさない、あるいは不正はしないという予防倫理的な判断と行動ではなく、技術者が、志向倫理的に正しい判断と行動をすることで、技術者は、「人類と社会の幸せ」に貢献できるだけでなく、充実度の高い主観的な幸福度を得ることになり、技術者自身の「幸せ」を高めることになる。
5.良い事例の紹介
米国のマスキー法(廃棄ガス規制)を世界で初めてクリアし、その技術を他の自動車メーカーにも公開し大気汚染防止に大きく寄与した。
2)女川原子力発電所における津波対策
貞観津波(869年)の痕跡調査結果や数値シミュレーション解析を踏まえて、発電所の敷地を14.8mの高さに決定し東日本大震災の津波の直撃を回避(東京電力との比較)。
6.質疑・応答
Q1:職務上の権限の有無で、できること・できないことがあり、技術者だけを責めることはできないのでは?
A1:企業倫理と技術者倫理の両輪で機能させていくことが重要。
Q2:内部告発はプレッシャーがあり、なかなか難しい。駆け込み部署が会社では制度化されてきているが、これは志向倫理か?
A2:志向倫理ではない。やはり予防倫理の範疇。最近の不祥事の多くは内部告発から出てきていると言われ、制度が機能してきているのでは…。
Q3:中小企業のコンサルとして、会社の存続にかかわるような問題を見つけた場合(社員の内部告発も含めて)、どのようにアドバイスするか?
A3:外部情報で発覚する前に、一刻も早く非倫理的な事業活動を中止し、新しい形態に転換することを説得する。さもないと、本当に倒産など深刻な事態になる。
《参加者の発言》:過去に香料会社で違法な製品を製造していたため、倒産した例を知っている。
Q4:新幹線車両問題について、学生にどう説明するか?
A4:設計上の課題と現場の作業者の品質管理上の課題があると考えられる。
意見:志向倫理は良いと思う。学生にも励ましになる。
作成:上田修史、 監修:田岡直規