新・緑の革命 -ゲノム情報解析に基づく気候変動に強いス^パーコシヒカリの開発-

著者: 奥村 勝  /  講演者: 富田 因則 /  講演日: 2018年12月14日 /  カテゴリ: 環境研究会 > 講演会  /  更新日時: 2019年03月18日

 

環境研究会第88回特別講演会 (農林水産部会と共同開催)

日 時;20181214日(金) 1830分~2030
場 所;大阪市 アーバネックス備後町ビル3階ホール参加者43

新・緑の革命

  ―ゲノム情報解析に基づく気候変動に強いスーパーコシヒカリの開発―

講 師;富田 因則 教授
静岡大学グリーン科学技術研究所 グリーンバイオ研究部門育種生物工学グループ、()静岡大学大学院総合科学技術研究科/農学部応用生命科学科 遺伝ゲノム工学研究室、()静岡大学創造科学技術大学院/バイオサイエンス専攻ゲノム機能解析分野 (技術士 生物工学)

1.はじめに

富田教授は、現在、静岡大学グリーン科学技術研究所に所属して遺伝ゲノム工学の教育研究、グリーンイノベーションによる社会貢献、先端的ゲノム遺伝子解析技術の導入と推進を担当、推進されている。

静岡大学の遺伝子実験棟ゲノム機能解析部には、次世代シーケンサー、DNAマイクロアレイ、液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MS/MS)、飛行時間型質量分析計(TOF-MS)、共焦点走査型レーザー顕微鏡等など遺伝子と遺伝子産物の構造や機能を解明するための30台あまりの大型機器が整備されている. さらに、植物や動物の細胞培養室、P3実験室、隔離温室など遺伝子機能解析のための組換え実験関係の設備が設置されている。

講演内容は、人口増大による食糧危機および気候変動に適応できる稲の品種改良について4億個のゲノム解析を応用し、遺伝情報から次世代シーケンサーを活用してコシヒカリ品種を改良した研究成果である。

2.社会情勢:日本農業が直面する問題とスーパーコシヒカリ開発の必要性

地球温暖化による異常気象によって、作付面積1位のコシヒカリに倒伏害や高温登熱障害が増大し減収や品質低下が生じ、食糧生産への影響が大きな問題となっている。

コメ市場のグローバル化により輸入枠が拡大され米国、豪州から安いコメが輸入され国内の農業はダメージを受ける。外国産コシヒカリに負けない攻めの農業政策で低コスト、多収性のある品種改良が必要となっている。

解決策として有用な遺伝的変異を研究し、「グローバル化時代と地球温暖化に適した超多収・大粒・早晩生イネの次世代シーケンサー・ゲノムワイド解析による開発」によってスマート育種よるスーパーコシヒカリの開発が急務となった。

3.次世代シーケンス解析による有用変異の原因遺伝子同定

(1)短稈遺伝子d60

稲の背丈を抑制して短稈によるイネの草姿、耐倒伏性、生産性を改善する。従来のコシヒカリの次世代シーケンス解析により、短稈化に関するGからTへの1個の塩基置換を検出し全ゲノム解析により短遺伝子d60 を発見した。d60 Gal とともに8:1の比で遺伝的に分離する特異的遺伝子である。

     短稈遺伝子d60

 

(2)晩生遺伝子Hd16

温暖化により品質低下が発生、コシヒカリに代わる高温環境下でも品質が保てる品種が必要であり、晩生化によって真夏の登熟を避けて収量・品質を確保する。晩生品種であるイセヒカリの晩生形質をコシヒカリに戻し交雑で移入する実験で、12日晩生化させる1個の遺伝子Hd が遺伝することが判明した。また、次世代シーケンサーによってHdコシヒカリとコシヒカリとの全ゲノム配列を解読し、両者を比較することによって、HdDNAを同定した。この研究成果として新品種「コシヒカリ駿河Hd16」を開発した。

(3)大粒遺伝子Gg

国際競争力の強化のため、大粒コシヒカリの研究開発にとりかかる。コシヒカリへの戻し交雑実験で大粒遺伝子GgGiant grain)を検出、Gg型コシヒカリを次世代シーケンス解析し、Gg を移入したコシヒカリの全ゲノム配列解読、原因DNAを同定した。この成果をもとに初の大粒コシヒカリ「コシヒカリ駿河Gg」品種登録出願第32364号を行った。

    大粒遺伝子Gg

(4)バイオマス増大遺伝子Bms

緑の革命以来、イネの生産性向上の手段は短稈化に依存していたが、激化する気候変動に対応するため、さらなる頑健、多収化が必要である。
コシヒカリへの連続戻し交雑実験を経て、分糵・穂数を1.8倍に増大し、地際で匍匐状に湾曲する強稈・頑健性をもたらすバイオマス増大遺伝子を検出し、新品種コシヒカリ駿河の開発に結び付いた。

(5)極早生遺伝子e1

地球温暖化による風水害の増大し水田への被害の増加している。洪水、台風に左右されない水田に代わる植物工場でのイネの生産が必要である。
植物工場生産には短期登熟・多収化が不可欠であり、年4回以上収穫すると植物工場生産の採算がとれるので、極早生イネに着目し、極早生遺伝子e1の第7染色体上の原因変異を次世代シーケンサーで解析した。
その結果、極早生遺伝子e1と大粒遺伝子Ggを組合せて時無し開花性かつ多収性を確保した「コシヒカリ駿河e1Gg」品種登録出願第32366号となった。

 

4.スーパコシヒカリの開発

短稈遺伝子d6020 cm短稈で台風に強く、Gg34%大粒化しコシヒカリ=倒れにくく、多収性のある「コシヒカリ駿河d60Gg」品種登録出願第32365号、特願2017-111150となった。
また、バイオマス増大遺伝子Bmsと短稈遺伝子sd1の組合せで画期的な多収性である穂数2.3倍、強稈化(特願2018-119252)を実現した。
これまでの研究成果を統合し、大粒遺伝子Gg、バイオマス増大遺伝子Bms、短稈遺伝子d60sd1、晩生遺伝子Hd16、極早生遺伝子e1を集積した新品種スーパーコシヒカリを開発した。

  新品種スーパーコシヒカリ

5.ゲノム編集

ゲノム編集とは目的遺伝子へのDSB誘発による遺伝子を改変する技術である。標的遺伝子を特異的に切断し、非相同末端連結修復過程での挿入・欠失変異の導入、あるいは相同組換え修復における外来遺伝子の挿入が可能である。
遺伝子組み換え生物等に該当するかどうかは、以下の見解となる。
宿主のゲノムに人工ヌクレアーゼ遺伝子を組み込む場合、細胞外で加工した核酸が宿主のゲノムに組み込まれている生物は「遺伝子組換え生物等」に該当する。ただし、従来品種との戻し交配等によって、組 み込まれた遺伝子を除去した場合、最終的に得られた生物は、細胞外で加工した核酸又はその複製物を有していないことから、「遺伝子組換え生物等」には該当しない。

ゲノム解析の有効なデータに基づく研究成果が多数紹介され、富田先生の新・緑の革命への熱い思いが伝わる講演であった。

なお、講演会場の時間制限により質疑応答ができなかったため、講演会後の懇親会会場で個別に行われた。

  講演会風景-1

  講演会風景-2

 

文責 奥村 勝、監修 富田因則