日本における化学物質管理の課題と解決への戦略設計の応用

著者: 和田 信之  /  講演者: 伊藤 雄二 /  講演日: 2018年2月9日 /  カテゴリ: 化学部会 > 講演会  /  更新日時: 2019年04月04日

 

化学部会、繊維部会(第69回)合同講演会

日時:29日(土) 13301630
場所:大阪産業創造館 5階会議室

講演2.日本における化学物質管理の課題と解決への戦略設計の応用

講演者:伊藤 雄二 技術士(化学)   日本技術士会 近畿本部化学部会長
  化学物質管理士協会 副代表理事

1.はじめに 

化学製品の有用性は多方面に高まりをみせ、関連業界は安全管理に力を入れてきた。しかし、化学物質による不安や事故・労災は減らない。その原因として、化学を熟知した「プロ」がいなくても成り立つ日本独自の仕組みがある。その功罪と対案として技術士が担う形での「プロ組織」の創設と「デファクトスタンダード(事実上の標準)」の確立を必要とする。

本講では、日本が抱える現状と課題、そして、プロの課題解決手法として注目されている「戦略設計」を応用して得た毎年更新による進化型の化学物質管理手法を概説する。

    伊藤技術士 講演の様子

2.戦略設計とデファクトスタンダードについて

戦略設計は本来、投資効果を最大にする目的の手法で、定まった定義は見当たらないが、社会的な運動、効果的な経営、専門的な技術の各々を統合した、戦略・戦術・ツール(データベース類(DB)を含む)の一体設計の概念と思っている。化学物質管理士協会での有資格者の認定、場の確保、DBの作成・更新などが戦略設計に相当し、これがプロである技術士が担う化学物質管理であると思っている。技術士会などの組織は化学物質管理の現状と課題を解決する「ヒト、手法、場」が提供できると考えている。

標準には国家、デジュールスタンダード、デファクトスタンダード、企業標準があり、その順に強制性と公開性に差がでる。その中で、デファクトスタンダードは民間の機関によるもので強制性や公開性は任意となる事実上の標準である。化学物質管理士協会(Pro-MOCS)の目指すレベルはこれになると考えている。

3.日本における化学物質管理の現状、課題、および目標

広義の化学産業(樹脂、ゴムを含む)の出荷額は2620億ドルと世界第3位、国内第2の産業になった(2016年統計)。安全面の活動としては、主要な化学産業の事業所や物流部門が中心とする環境保全、保安防災、労働安全から始めたレスポンシブル・ケア活動が進められ、これに供給連鎖間の機能もある本社品質保証や化学品安全が加わった。更に、供給連鎖間はもとより社会に向けた化学物質のリスクコミュニケーション(リスコミ)の重要性が問われる時代に入ってきている。

化学物質管理分野は化学産業のみならず全産業にまたがる。そこには多数の化学物質、毒性の多様性など世界的にも課題が多く、各国でもリスク管理能力のある人材の強化が求められている。日本においても化学物質管理の企業間格差の問題、労災・事故が減らない現状、やれる所とやれない(やらない)所が混在し、化学物質の不安や恐怖がなくならない現状がある。その中で、2020年までに健康と環境へのリスク最小化の達成、また、新たに、2030年までに達成すべき持続可能な開発目標(SDGs 2030)の中で、労災事故死の大幅減少、質の高い教育などの目標が挙げられている。

これらの日本の課題や目標に対して、技術士が担う課題解決法として、公益社団法人日本技術士会化学部会が研究会を結成し、資格認定試験機関でもある一般社団法人 化学物質管理士協会(Pro-MOCS)が誕生した。現在は、賛助団体募集などを進め、リスコミとツール手法のデファクトスタンダード化とプロの人材育成の実践に着手したところである。

4.化学物質管理士資格の創設

国は供給連鎖間での化学物質総合管理の中で、リスコミを担う化学物質管理の知識と経験を持った人材の資格制定の充実を提言しているが、現在は中断している。また、改正安衛法では化学物質管理者の呼称は生まれたものの、任命は事業者に一任されており、選任の基準は定かでない。

このような状況のもと、2016年に化学物質管理研究会(MOCS研)、2017年にPro-MOCSを立ち上げた。統括・近畿・中部間での勉強会と近畿では事例検討会を開催し、実務上のノウハウ、相互研鑽を進めている。Pro-MOCSでは201910月、第1回目の資格試験に向けて準備を進めている。試験合格者は、化学物質管理士またはその補に認定される。技術士が担う化学物質管理士は企業において本社機構での化学物質総合管理者を、化学物質管理士補は事業所や物流部門での化学物質管理者を想定した。また、企業での実務経験者で有資格者においては、新規人材への教育者の道もひらける。

5.デファクトスタンダード化を目指すプロのツール

デファクトスタンダード化のプロ用のツールとして、安全データシート(SDS)については、過去40年にわたる作成ノウハウを集約した作成要領書(国内・国際版)を用意した。更に定期的に最新ノウハウを追記する仕組みを構築できた。本年度はその応用としての掲示用安全データシートを作業取扱い現場向けに準備しており、全国的なオーソライズ化到来の時期をうかがっている。

この掲示用の中には、プロセス安全上での過去20年間の事故事例の再発防止策のキーワードを盛り込んでいる。この他のツールとしてSDS関連には含まれるが、既存物質から安全物質への代替には有用なツールとする許容濃度類の一覧作成と更新も進めている。

6.リスクコミュニケーションへの取り組み

Pro-MOCSでは繊維技術士センターと相互に入会を行い、異業種間での協働の場を作った。繊維製品に使用される化学物質のリスクと安全な取扱い方について、適切な対応を伝授できるものと期待してほしい。最終製品での市場締出物質についての供給連鎖間でのリスコミ手法については、国や製品含有側から技術士への期待が寄せられている。

我々は、その中で、可塑剤「フタレート問題」を2年にわたって取り組んできた。20197月以降、新たなEu RoHS指令で4種のフタル酸エステル(フタレート)が制限される。201812月特別研修会ではフタレート問題を取り上げ、生産者側、使用者側、中立立場からパネルディスカッションを行ない、欧米中と日本の相違を含めての相互理解が得られた。今後、「フタレート」問題から派生して、プラスチック循環型社会に向けて、難しい場合の熱回収に注力すべき有害物質含有量の蓄積が懸念される樹脂にはリサイクルを避けてもらえるような社会運動の戦略設計をしている。

その準備として、政府へのパブコメ応募をすることにより、まずは政府の意見をお聞きする取り組みを始めている。こういう社会運動の設計が出来るのも、技術士が担う化学物質管理士資格があればこそと思う。今後とも、関係各位のご支援とご協力を要請していきたい。

質疑

1 間違ったSDSを書いている会社も多い。どうしたら、どのSDSが正しいかを判断できる?

1 Pro-MOCSにまずはご相談をいただきたい。技術士が担う形で営業秘密の壁は超えられる。

2 小規模な企業の人はSDSがあっても、見ない。ちゃんと見るようにするには監督署などの公的機関による査察で指摘してもらうなど、提言する必要があるのではないか?

2 時期と頼み方は別に考えるとして、われわれの活動の周知徹底には効果的と考える。掲示用安全データシートの全国的なオーソライズができれば、可能と考える。

文責 和田 信之  監修 伊藤 雄二