アクリル酸プラント事故の再発防止の取組み

著者: 橋本 隆幸  /  講演者: 齊籐 群 /  講演日: 2019年7月20日 /  カテゴリ: 環境研究会 > 講演会化学部会 > 講演会  /  更新日時: 2019年11月27日

 

三組織(環境研究会・繊維部会・化学部会)合同講演会

日 時:7月20日  13:3016:30
場 所:アーバネックス備後町ビル3階ホール

講演2「アクリル酸プラント事故の再発防止の取組み」

講師;齊藤 群 氏 株式会社日本触媒 執行役員レスポンシブル・ケア室長

1.アクリル酸とは

アクリル酸は、プロピレンを出発物質として空気中の酸素を利用し合成される。アクリル酸は、危険物第4類第2石油類であり、その特性は、二量体生成や重合によるポリマーの合成反応を生じ、その際に反応熱を発生する。アクリル酸は汎用性があり、塗料、接着剤、印刷インキ、ゴルフボール、自動車塗料および紙おむつなどのサニタリー用品の用途がある。

2.株式会社日本触媒の概要

株式会社日本触媒は、創業1941年、従業員数2306名(連結4276名)であり、日本触媒グループ企業理念のTechno Amenity、経営理念、社是の3本柱を経営活動の理念としている。姫路事業所でのアクリル酸プラントの事故発生後、社是「安全が生産に優先する」は経営理念と同レベルの扱いに格上げされた。事業所として、国内の製造所では川崎製造所、姫路製造所があり海外では、アジア、ヨーロッパ、アメリカに生産施設がある。

主要製品は、基礎化学品、機能性化学品および環境・触媒の3つに分類される。基礎化学品では、酸化エチレンやアクリル酸、機能性化学品では高吸水性樹脂、環境・触媒ではプロセス触媒がある。その中でも、アクリル酸の生産能力は、グローバル全体で、年間アクリル酸88万t、高吸水性樹脂71tであり、姫路製造所では年間アクリル酸54t、高吸水性樹脂37tを生産しており、主力製造工場として位置づけられる。

3.アクリル酸プラント事故の概要

20129291435分頃にアクリル酸(AA)プラントの火災・爆発が発生した。高純度AA精製塔のボトム液を一時貯蔵する中間タンクが爆発・火災を起こし、隣接するAAタンク・トルエンタンク等の設備・建屋および消防車両にも延焼した。人的被害に関して、消防士が1名死亡し30名を超える人が負傷をした。また、物的被害に関して、タンクや周辺設備が破損したが、工場敷地外での被害はなかった。AAの二量体生成や重合反応防止のため、プラントでの操業管理として酸素濃度を5%以上で管理し、安定化剤の添加が施されていたが、二量体生成反応の発熱対策が不十分であった点や、高純度のAA精製工程で被災した中間タンク使用方法の変更点を述べた。

爆発事故は、撹拌されない中間タンクでAA二量体生成の反応が進行し、反応熱により液温が上昇しAAの重合反応が起こり、暴走反応(冷却不足などの理由で温度や圧力が急上昇し、化学反応が制御できないことにより重大な災害を引き起こす化学反応)によりタンクの内圧が上昇し、タンクに亀裂が生じ爆発・火災に至った。また、半径100m以上まで被災しており、暴走反応による事故の激しさについて言及した。

事故発生直後に第三者による事故調査委員会を発足させ、被災設備への発生防止対策、類似災害対策、AA使用設備の災害防止対策、災害防止対策の水平展開および安全文化の醸成を目指し、2013329日に「信頼される化学会社への再生を目指して」のスローガンを社内外に発信した。

4.再発防止対策

AAプラント事故に対する再発防止策として、「安全対策強化チーム」を設置し、設備面の対策、管理面の対策、安全文化の醸成を進めた。

再発防止対策の水平展開として、安全対策書を発行し、確実なリスクアセスメントの実施、異常反応のデータ取得と異常予兆の判断基準温度の設定、さらに緊急安定剤投入などによる反応性物質(自己あるいは他の化学物質などと化学反応を引き起こし重大な災害を引き起こす化学物質)の安定化対策を進め、仕組みを構築した。さらに事業所長が直轄するラインに安全面での権限を持つセーフティエンジニア(SE)を任命し、非定常作業管理、変更管理を進めている。それに加えて、社内外の事故情報、安全に関わる情報収集と活用するための体制とを整備し、安全に関する技術情報を普段の教育でも活用している。

従来の教育体系を見直し、生産部門の能力開発から生産部門の保安に関する能力・スキル重視へ変更した。例として、AAの異常重合対応、酸化エチレンの冷却訓練のような緊急時対応訓練がある。加えて、安全基盤・安全文化の醸成のために、個人へのアンケートやインタビューを行い、マネジメント(PDCA)の仕組みを導入することで安全基盤を整えた。日本触媒全事業所の安全文化評価を行い、保安力向上に努め、第三者評価を受けている。安全文化醸成活動や安全文化自己評価を進め、2013年度と比較した結果、2016年度では保安力が向上している。

事故風化防止の取り組みを進め、2013929日の安全の誓いの日に「安全の誓い」を制定し、事故の教訓を伝承している。また、社是の「安全が生産に優先する」を実践するために安全手帳を配布し、周知徹底させている。2013926日に安全祈念式を開催し、「安全の誓」の碑を建立した。

姫路製造所では、社外有識者による第三者検証を進め、事故発生後2013年~2016年までの4年にわたる再発防止活動と安全文化醸成活動を推進し、保安システムを強化することにより高圧ガス認定工場のレベルまで引き上げた。

5.今後の取り組み

2016年までに実施した再発防止対策が第三者検証により評価された。2017年度以後は、社会からの信頼回復とより一層の信頼を獲得するため、中期経営計画に基づき安全文化の健全性と安全基盤を維持向上させる取り組みを推進している。経営と安全が一体となった取り組みとして、第10次レスポンシブル・ケア(RC)基本計画を策定し、トラブル未然防止活動、計画的な安全対策、保安管理システムの維持・改善、危険認識や異常時の対応などの教育訓練の充実を進めていく計画である。

Q&A

Q アクリル酸と酸化エチレンの法的な扱いについて教えていただきたい。

A 酸化エチレンについては、高圧ガスでの対応が必要である。ただし、アクリル酸が対象外であるため、姫路事業所は高圧ガス製造所ではなく、高圧ガス貯蔵所であり認定事業所の対象にならないが、認定を受けると自主的に一般的な設備の変更を行うことができる。

SEについて組織を構築し、日常活動をされているか?

A 姫路事業所に10人おり、製造部長、課長クラスなどでベテランのラインの経験者や課長候補者の人も違う立場で見に行く、SEは物を率直に言える人がよい。SEはアクリル酸プラントだけでなく、吸水性樹脂プラントなど他のプラントのメンバーもおり、統括SEが在籍し定期的に活動している。

Q 大事故の後、工場や企業として評価がどれくらい変わったと感じているか?

A どれくらいの信頼度かは、自分たちで決められない。投資家とESG投資も含めての面談などで弊社の評価を聞き判断するしか無いが、未だ事故以前の評価までは戻れていないと感じている。

Q 事故発生後に地域の人に対して何か実施されたか?

A 事故によりご迷惑をおかけしたので自治会を中心にご挨拶に回っている。
姫路製造所の周辺への影響がなかったことから、頑張ってくださいという激励の言葉をいただいた。ただし、一度信頼が落ちたので日常の活動を通じて信頼を高めていくしかない。

Q 工場全体のプラントで事故がある場合、安定的に工場を停止するユーティリティ維持時間の面で見直しされた点はあるか?

A 例えば、停電がある。爆発は想定が難しい。全停電が発生した場合、安全に止めるために設備の点検をしている。シャットダウンに必要な時間に合わせて、自家発電の稼働時間を設計している。

Q 事故発生後の消火活動について、役所の消防隊が指揮権に入ってしまうが、体制の組み方や改善をすることができるか?

A 結果として、爆発事故により不幸にも消防の方がなくなった。消防への連携体制や説明も含めて体制を組むように改善している。もし、暴走反応があったときには、消火活動ができないので避難するしかない。もし避難することができれば、負傷者も出ない。

Q 2量体の反応停止についてお話がなかった。反応性樹脂、開環反応には緊急安定剤は効果がない。その際にブローダウンで圧力を抜く方法があるが、その判断についてお聞きしたい。

A 2量体の安定剤について、適当なものはない。反応を防ぐためには温度を上昇させないことが重要である。ラジカルの重合反応のように急激に反応しないので、温度を一定に保てば、反応による温度上昇が起こらない。中間タンクの上部で温度が上昇したので、ボトム液をタンク内で循環させることにより温度を均一にする作業をしておれば、アクリル酸の重合反応は起こらなかったものと考えられる。
緊急安定剤の投入ができない場合、タンクの狭い容器に反応物が蓄積することが危険であるためにブローダウンを行う。今後、無害化の反応を進めるような対策も考えていく。実際に、一般的な重合反応とは異なる対応になる。

Q プロセスのトラブルを検知する3要素として、閉塞、センサーでの誤表示、稼働させるべき装置を稼働させなかったことの3要素があるが、その3要素のうちのどこが1番ポイントであると考えておられるか?

A タンク内の液をリサイクルしていれば、事故は起こらなかったと考えている。組織として作業すべき事について、十分な対応ができていなかった。

Q トラックで緊急安定剤を運ぶ方式を第三者委員会の先生がどう評価をされたか?

A タンクがすべて一度に緊急事態になることは想定されないので、第三者委員会の先生方は、すべてのタンクへの対応をする必要はないと話していた。もし、あるタンクが異常になってしまった場合、すぐに対応できるように機動性の高い方式が重要であると判断している。

Q 会社概要の3項目(企業理念、経営理念、社是)は、事故が起こってから変えられたものであるか?

A 元々から3項目あり、それらを事故発生後に変更していない。事故発生後に社是の認識レベルを上げた。

Q 事故が起こったときの第三者委員会の構成について、メンバーは何人でどのような分野の専門家か?第三者検証のメンバーの人数と構成を教えていただきたい。

A 事故調査委員会は、専門の先生が5名で構成され、委員長は東京大学の田村名誉教授、その他4名の大学の先生方で安全工学の専門であった。また、第三者検証として、2013年と2016年に事故調査委員会の先生に検証していただいた。さらに保安力向上センターの第3者検証を受けると他社と比較がある程度、可能となる。川崎製造所は既に2回受診しており、姫路製造所は今年度と来年度に分けて1回受けることとしている。

 (文責 橋本 隆幸、監修 齋藤 群)