革新の技術経営 ~化学分析業の視点から~

著者: 橋本 隆幸  /  講演者:  /  講演日: 2020年12月12日 /  カテゴリ: 化学部会 > 講演会  /  更新日時: 2021年06月11日

 

化学部会 講演会(202012月度)報告

  時 : 20201212日(土) 14:4517:00
  所 : 日本技術士会近畿本部会議室
web方式を併用)

 

講演2 革新の技術経営 ~化学分析業の視点から~

講演者:出口 義国 技術士(化学部門・総合技術監理部門) 株式会社カネカ

 1.はじめに

演者は、材料分析や受託分析業務における豊富な経験や技術経営の知見をお持ちである。今回は、経営視点での受託分析業務の活用と技術革新について講演された。

2.分析と分析業務

分析とは、広義として、複雑な物事を単純な要素に分けて性質をはっきりさせることであり、狭義として、物質の定性・定量、組成や構造の解析も含め、物理的・化学的情報を収集する技術活動である。分析は技術情報業の性格を持ち、最近では、分析情報はデジタル化されているのが特徴である。企業における分析業務は、製造分野における製品検査、工程管理や品質管理があり、また、大気・水質・土壌の分析や作業環境測定がある。研究開発においては、改善点を明確にするための分析、他社製品の分析がある。営業においては、顧客対応やクレーム対応の分析がある。
企業内の分析業務は、専任者や専任グループが分析を担当している場合が多い。

3.分析の世界と分析技術

専門分野における学会が、日本分析化学会、日本質量分析化学会などに細分化されている。また、資格に関しても公的資格がある中で、民間資格を作る動きがある。分析装置の使用、SOP作成・更新においては、専門性、知識・経験が必要になる。

無機元素分析を例にとると、滴定に始まり、吸光光度法、原子吸光法など、技術が進歩してきており、低濃度にまで対応可能になった。原子吸光法以後の最先端の機器分析に対して、滴定や吸光光度法の手分析は太刀打ちできない。

     図1:分析技術の進歩

4.経営革新

MBA的な価値観では、各種のマネジメント技術を通じて企業価値を最大化していくことが目標であるが、イノベーションに必ずしも技術革新が必要とは考えない。現在価値の極大化を考慮している。

MBA的な企業経営では、投下資源に対するリターンが高いことが求められるため、コアコンピタンスに集中することが重視される。事業活動がコア事業、非コア事業で選別され、分析は、しばしば非コア事業に分類される。分析部門は切り離しやすい面があり、民間分析機関は親会社から分社化された会社が多い。必要時にすぐに親会社に対して協力できるよう、一般に親会社の敷地内に設置されている。

5.受託分析機関の利用方法

受託分析機関には、大きく分けて素材会社の子会社、民間企業、半官半民組織がある。品質管理、精度管理に真摯に取り組み、技術研鑽において、受託分析機関同士の横の繋がりがあり、また分析装置メーカーとも親しいので、装置情報も詳しい。

分析費用が高価であるという指摘を受けることがあるが、その理由として労務費、設備投資費が高いことが挙げられる。

分析機関の経営状態を見ると日本の経済の動向が判断できる、という経験則がある。事実景気下降期は、分析などの経費がまず削減されることから、分析機関の経営状態が景気の先行指標になる。逆に景気回復期には、それが遅行指標になる。

受託分析機関は分析技術の研鑽や要員の教育に務めているが、その立場で一般企業の分析現場を見ると、技術研鑽や要員教育を不安に感じることがある。

受託分析機関の利用法としては、定期的な分析・測定の依頼、高価な分析装置を利用、得意分野の活用が考えられる。特に親会社に関連した分析技術や学会発表している技術は、その受託分析機関が強みを持っている技術と考えて良い。

演者が経験してきた特徴ある依頼案件は、牛乳に含まれるポリフェノールの分析、欧州電気電子製品に対する規制のWEEERoHS指令分析、ダイオキシン分析や揮発性有機化合物の分析、系列外の大手電機メーカーからの分析依頼などがある。利用事例を通じて、分析情報の中に存在する技術革新の種に依頼者が気づくことが、本当の意味での技術革新になるのではと考えている。

6.演者の経験事例

 ハウスメーカーで特定部位の木質部材にサビが発生、アイロンケース割れ、樹脂フレコンのベルトの破断、家電のねじに錆が発生、子供の玩具に鉛が含有、顔料やシランカップリング剤に含まれる非意図的なPCBの検出などを経験してきたが、そこから導かれる教訓は多い。

7.受託分析機関とイノベーション

専門技術の殻に閉じこもり外の世界に興味を持たない専門家の他に、専門技術力が不足している専門家の増加が問題と感じている。

受託分析機関を身近な分析機関として利用するも良いし、また、技術進歩のために、受託分析機関を問題解決のパートナーとして利用することも有効である。技術系の人間としては技術の進歩がイノベーションになり、経営革新に繋がると信じている。分析依頼は受託分析機関との契約であり、技術的なパートナーシップの契機にもなる。

Q&A

 Q 御社の分析で得意とするところはどこか?

  特に、PCB、ダイオキシン分野(コプラナーPCB)を得意としている。

 Q 材料の分析はどうか?

 A 塩ビ、発泡樹脂、フィルム素材、アクリル繊維等の親会社製品分野はカバーしている。

 Q 水処理とプラスチックの分析のコンテンツは異なるが、使う分析装置は同一か?

 A 最終的に分析装置にかける段階では同じであるが、それまでの前処理が大きく異なる。

 Q 分析依頼内容で厳しいもの、注意すべき事項を教えていただきたい。

  手慣れている試料で継続的に分析している件であればまず問題ない。ただ何かの処理をした試料に処理前試料がランダムに紛れ込んでいると、検量線が使えずやり直しなどの問題が生じることがある。可能な限り、試料の情報を詳細に教えてもらえると有難い。

 Q 分析の技術は日進月歩であるが、ロードマップも含めて、分析機器の購入の考えを教えていただきたい。

 A 分析装置は減価償却が8年なので、8年間は必ず購入した分析装置を使用する。その間装置能力で見劣りすることがないよう、付帯設備も含めて、最も高価な分析装置を購入してきた。ただ、スペックも重要であるが、保守部品の有無、装置の故障した場合の修理対応も装置選択時に大切になる。

 Q 欧州化学品に対するREACH規制の分析を営業戦略として打ち出している事業は、ビジネスとしてどうか?
分析全体の構造を考えたときに、データ解析が非常に進歩したのではないか?
分析結果を迅速に正確に解析するためのデータ解析の方向性をお聞きしたい。

 A 各種の規制に関する分析への対応が早い分析会社はある。ただREACH規制対応を含め環境分析分野は競争力が料金と納期しかなく、ビジネスとしての将来性は悲観的に見ている。データ解析については、一般に測定が基本料金で、それに上乗せした形でデータ解析の費用がかかる料金体系になっていると思われる。実際に時間がかかり技術力が必要なのが解析作業であり、一概に分析を費用で判断するのは適切ではない。そのため、いろいろな受託分析機関とお付き合いいただき、要望に合う機関を選択されるのが望ましいと考える。

(文責:橋本 隆幸  監修:出口 義国)