琵琶湖・瀬戸内海の環境の現状と新たな動き

著者: 大西 政章  /  講演者: 中田 聡史 /  講演日: 2022年1月22日 /  カテゴリ: 環境研究会 > 講演会  /  更新日時: 2022年03月14日

 

環境研究会 第100回特別講演会

日 時:2022122日(土) 10:0012:00
場 所:Zoomによるオンライン講演会

 

講演 琵琶湖・瀬戸内海の環境の現状と新たな動き

講 師: 中田 聡史 氏 国立環境研究所 地域環境保全領域 海域環境研究室

                          琵琶湖分室(兼務) 主任研究員 博士(理学)

中田先生は、国立環境研究所 地域環境保全領域の主任研究員として、先端的IoT観測機材や 高解像度数値シミュレーションなどを駆使し、陸海統合解析研究や気候変動影響評価、適応計画研究に従事しておられます。
本講演会では、琵琶湖、瀬戸内海などの閉鎖性水域の環境の現状と新たな動きについて、最新の研究成果を交えてご講演いただきました。

 

      

<第一部> 琵琶湖について

1.琵琶湖の近況の概要

大雨、渇水、激甚化台風などの視点から、琵琶湖の近況について報告する。
2018
94日には台風21号がスーパー台風となって日本に来襲し関西を直撃した。強い南風による吹き寄せにより、南湖の水が北湖へ移動した結果、三保ヶ崎(大津市)でマイナス122cmを記録した。
一方、異常な水位の上昇もある。201876日~7日に線状降水帯が関西、琵琶湖にかかり大量の降雨量により、琵琶湖の水位がプラス77cmまで上がって高い状態が一週間ほど続いた。

昨年では、秋季の降雨量が例年より減少した結果、琵琶湖水位の異常低下が長期間続き、マイナス68cmを記録した。これにより、船の航行や、漁業に影響が出た。鮎やニゴロブナ、ホンモロコなどの産卵への影響も懸念される。
このような気候変動に対する適応策を国民一人一人が考えていくことが肝要である。

2.琵琶湖の全層循環について

琵琶湖は、夏は成層期、秋から冬にかけて循環期あるいは冷却期を経験し、冬季は全体が混合されて、全層循環により湖底に酸素が供給される。
ところが、2018年度と2019年度はこの全層循環が未完で、琵琶湖の「深呼吸」ができなかったといわれていた。

なぜ全層循環が中断してしまったのかを明らかにするため、琵琶湖の貯熱量、及び、湖面を通しての熱輸送という視点で琵琶湖の熱収支の解析を行った。その結果、降雨・河川・湖底からの流出・流入などによる熱輸送よりも湖面を通しての熱輸送が支配的であり、それらの熱のやりとりが、琵琶湖の水温変動を決定していた。

    

さらに、熱収支解析の結果、琵琶湖の貯熱量と潜熱が全層循環を起こすための重要な指標となっていることがわかった。潜熱に影響する温度、湿度、風速の影響について評価した結果、2018年度は例年に比べて気温、湿度が高く、さらに湖面風が弱く顕熱・潜熱輸送が小さかったため全層循環が起きなかったものと考えられた。

3.全層循環の疑似気候変動実験、琵琶湖「深呼吸」の定量化

このモデルを用いて、琵琶湖の面積、体積の視点で疑似気候変動実験を試みた。その結果、気候変動の影響が深刻になるシナリオの通り進んだとしても、琵琶湖の全面積・全体積の大体6割は少なくとも全層循環することがわかった。ただし、これらの数字は気候変動の影響により変化する可能性がある。

さらに、全層循環未完時の深呼吸の程度の定量化を試みた。その結果、体積でみると最大99%、面積でみると最大91%が深呼吸をしていた。このように琵琶湖の深呼吸は定量化できる。

4.台風21号 琵琶湖南湖の水草大流失事件の解明について

201894日に台風21号が上陸し、強い南風が吹いて、南湖の水草が大量に消失した。

琵琶湖内の高解像度シミュレーションを行い、大規模水草消失の物理過程を調べた。
シミュレーションの結果、強風による水位異常低下時、南湖全域において水草が引っ張られる強流帯(流速が1m/s以上)が形成され、水草群落高が高い場所において流体力が大きな値を示した。この結果、長い水草が激流に耐え切れずに引き抜かれて流されたと推定した。平均風速20/s程度の南風でも水草が流失する可能性がある。

【Q&A】

Q:琵琶湖の水は流入水により10から20年で入れ替わると聞いたことがあります。河川などの流入水の全層循環への影響はどの程度あるのでしょうか。洪水時の流入水は泥を含み比重が大きく底に到達しやすいように思うのですが。

A:今のところ流入水の影響は琵琶湖全体の全層循環にはあまりないと考えています。もちろん、ローカルな全層循環に関して、例えば、姉川河口付近、安曇川河口付近などの鉛直循環に関しては、直接影響はあるのではないかと思っています。融雪出水時などの洪水時には濁水が湖底に近いところに沈み込んで、新たな環境の変動が起きている可能性はあります。全層循環に対するローカルな影響評価も今後は必要と考えています。

 

<第2部> 瀬戸内海など閉鎖性水域について

1.2021.6.3 改正瀬戸内法の意義

20216月、瀬戸内海特措法が改正された。きれいで豊かな瀬戸内海を実現しようということである。
ポイントは4つある。

①気候変動の観点が基本理念に入ったこと、

②栄養塩の排出規制をきめ細かな管理の方向に転換することよって水環境の保全を図りつつ、水産資源の確保を進める

③温室効果ガスの吸収源となる藻場の保全

④海洋プラスチックごみ対策である

これまで、CODに加えて窒素、リンの水質総量削減を行ってきたが、周辺環境の保全と調和していれば、海域ごと・季節ごとに窒素・リンの供給が行える法改正を行った。
第9次総量削減計画では、気候変動を見据えた上で、総合的な観点で検討する必要がある。

2.瀬戸内海・気候変動影響評価

弊所で推進している閉鎖性水域における気候変動影響評価について、公表済み調査結果について紹介する。海域水環境の気候変動予測を、下図フロー(環境省HPから引用:https://www.env.go.jp/council/09water/y0915-24b/mat02_5.pdf)に従って実施した。一級河川に加えて二級河川、準用河川も評価して汚濁負荷量を把握した。これを海域の三次元モデルに入力して、実際の海洋環境を再現した。

  

将来気候では夏場に降水量と蒸発散量が増加する。その結果、陸域から瀬戸内海(閉鎖性水域)の湾灘への流出(流量・汚濁負荷)はどのように変化するかを調べた。その結果、将来気候における瀬戸内海全体への陸域からの長期平均淡水流出量は微減し、将来気候のSS(懸濁物質)流出量は瀬戸内海全体、特に東部で増加する結果となった。

汚濁負荷量でみると、現在気候と将来気候に大きな差はみられなかった。ただ、リンに関しては、全体的にやや増加傾向にあった。植物プランクトンの将来予測の結果、将来気候では、冬季は水温上昇により植物プランクトンが増加(栄養塩(DIN)は低下)するが、夏季の高い水温により、植物プランクトンが激減(栄養塩は増加)する結果となった。

3.先端的IoTモニタリング、AI予測、モデル解析、OODAループ等

これまでのシミュレーションの結果を裏付けるためには、気候変動の兆候をいち早く察知するための現場のモニタリングが重要である。
そのための方法が、(高解像度シミュレーション) ✕ (高密度自動観測) ✕ (高精度AI予測)のトライアングルループである。
それぞれの弱点を補ったり、長所を掛け合わせたりすることによって、気候変動の影響を抽出できるような場所に有効な観測体制を整えることができると考えている。私たちは、これをOODA(ウーダーループ)と呼んでいる。

このようなループを回すことによって、新たなビジネスの創出も期待できる。データプラットホームでのリアルタイムデータの共有、アラートシステムの利用、AIによる将来予測を用いたコンサルティングなどが考えられる。これによって、気候変動に左右されない強靭な地域の創出に寄与していきたい。

【Q&A】

Q1:瀬戸内海のN、P削減が進んだが、赤潮の発生数は減少していない、と聞いています。赤潮の成分が変化したためなのでしょうか。

A1:瀬戸内海のN、Pの削減は進んでおり、削減に対応した赤潮発生件数の減少はみられないようだが、赤潮プランクトンの種類が変わってきています。赤潮発生の原因、予測は、まだまだ研究の余地があります。

Q2:CODについて、4年ほど前に滋賀県が国にTOCに置き換えていくことを提案しましたが、今後水質の指標がCODからTOCへ置き換わっていく可能性はありますか。

A2:これは非常に重要な動きであると考えています。CODをTOCに置き換えていくことは、時代の流れとして必要です。瀬戸内海特措法に基づいた評価を行うためには、CODでは限界があるのも事実です。ただ、TOC計測機材も高価であり、TOCを測れる技術者の育成も必要です。

Q3:栄養塩の中でも窒素とリンでは植物プランクトンの大発生という環境への影響の度合いが違うのではないでしょうか。

A3:海域によって、生物生産が窒素の影響を受けるところ、リンの影響を受けるところがあります。例えば、淀川河口域はリンが制限要因であり、他の海域では窒素が制限要因となっていると言われています。沿岸域では大体が窒素が制限要因になっており、窒素をきちんと評価することが重要です。しかし一部の海域ではリンの方が重要です。なので、リンと窒素の両方を評価した方がよいということになっています。

(文責:大西 政章 / 監修:中田 聡史)