技術者倫理の実践

著者: 橋本 隆幸  /  講演者: 伊藤 博 /  講演日: 2022年9月17日 /  カテゴリ: 化学部会 > 講演会  /  更新日時: 2023年04月07日

 

学部会・繊維部会 ★2組織 合同オンライン講演会

メインテーマ【倫理と健康】

~技術者倫理の実践と睡眠の質を考える~

日 時:917() 13:3016:30
場 所:日本繊維技術士センター(JTCC)事務所+Teams   

講演1 技術者倫理の実践
~組織における技術者のあり方~

講師: 伊藤 博 技術士(化学部門) 大学非常勤講師 伊藤博技術士事務所 

(1)技術者倫理とは

倫理とは、モラルに基づく判断を規範にしたものであり、自律的規範である。それに対して、法は、他律的規範である。技術に関しては、技術倫理と技術者倫理の考えがあり、技術倫理は、技術者個人でなく、技術者群を対象とし、「技術と社会の関わり」を扱い、特定の技術問題の是非を考える。それに対して、技術者倫理は、工学倫理の考えに近く、技術者個人が対象で「技術者個人の倫理的葛藤」を扱い、技術分野を問わず、共通で普遍的なものである。現代の技術が高度化・巨大化する中で公衆の利益や安全を確保し、公衆の信頼を得るために技術者倫理が必要になる。

(2)多発する企業の不祥事

技術者は、元来倫理レベルの高い職業とみなされてきたが、最近では、企業の不祥事が増加している。
  ①倫理+技術、
  ②倫理+情報+通信、
  ③倫理+人工知能、
  ④品質+不正
①~④の各キーワードで国立図書館のデーターベースを使って資料を検索集計すると、2016年以後における品質の不正が顕著になり始めている。講師は、2016年以後の不正事例を解説し、その中でも品質データの改ざんによる不正が多くなっていることを強調された。また、最近のSNSによる倫理的な問題にも触れ、様々な倫理問題を解説された。

講師は、「なぜ不正が発生するのか?」を考察し、業の不正原因として、特に次の6項目を挙げている。
  ①消費者利益や安全を軽視、
  ②コンプライアンスの軽視、
  ③コミュニケーション不足を重大な原因、
  ④企業の利益優先、
  ⑤社員(技術者)の保身、
  ⑥企業のリスクマネジメントの欠如

(3)企業や学協会の対応

全米専門技術者協会(NSPE)の倫理規定では、6つの原則と9つの義務があり、それに対して、 日本の学協会おいては、土木学会、日本技術士会、日本化学会などの学会が、倫理規定、倫理綱領や行動規範・行動指針を定め、技術者倫理の遵守に取り組んでいる。

技術士は3大義務(信用失墜行為の禁止、秘密保持義務、名称表示の場合の義務)および二つの責務(公益確保の責務、資質向上の責務)があり、技術士法で定められており、さらに技術士倫理綱領でより詳しく規定されている。また、日本繊維技術士センター(JTCC)の倫理綱領では、専門分野の明確化、相手の立場の尊重・相互信頼、幅広いプロフェッショナルを目指すことなどが記載され、技術士倫理要綱をさらに拡大した項目も規定されている。

企業の取り組みとして、企業の社会的責任(CSR)での活動が中心で、経営課題、SDGsESGに対する取り組みが主になる。利益追求だけでなく、社会に与える影響への責任がある。企業は、ステークホルダー(投資家、消費者、公衆等)に対して情報公開と説明責任がある。企業の自主的な取り組みとして、倫理とルールを守るために、行動憲章、行動要領や企業理念、社是、社訓を定める。コンプライアンス委員会やコンプライアンス室を設置し、法遵守経営を構築し、さらに、内部通報制度で対応している。

(4)技術者はどう対応するのか

組織の中の技術者の場合、技術者と組織人で技術者倫理を考える必要がある。公衆の安全、健康、福祉や社会に対する特別の責任を考慮する技術者と組織のルールや経済性・競争原理を優先する組織人との間で、利益相反が起こり得る。技術者(技術士)に求められているものとして、技術の社会貢献や夢と情熱と誇りを有する人、研究と努力を重ねる人、創造力を備えている人、社会の状況を幅広く把握し、コミュニケーション能力を備えている人、技術者倫理の重要性を理解し、実践できる人である。まさかの時に人間は弱く、当たり前の正義(モラル)をなかなか実践できない。

(5)まとめ

技術者倫理の実践のためには、倫理観や倫理綱領、企業理念、社是だけでなく、信頼できる相談相手(例えば、上司、同僚、友人、家族)のような羅針盤が必要である。

技術者倫理の実践に、100点満点の正解はないが、様々な経験をしている相談相手がいてこそ、技術者倫理が実践されるものと考えている。

 

Q&・意見交換

Q 「なぜ不正が発生するのか?」について、一つ目は、子供の時から家庭、学校、社会での教育を受ける。二つ目は、嘘をつかないようにするのは、親の責任と考えている
親が模範を示すことが大切であると思うが、どのように考えているか。

A 家庭での子供への教育は、その通り大切であると考えている。マナー、モラルは、家庭での両親の教育の賜物であり、そのため家庭教育は大事であると考えている。

Q 地域社会での教育について、大人が模範を示してあげるべきと考えているが、どう思われるか?

A 最近は、社会を挙げての教育は乏しい。大学では倫理教育をしており、また、技術者のOBがモラルや倫理が大切であるとして教育をしている。大学生、技術者のタマゴの人へ教育することが鍵になる。会社では、コンプライアンス委員会があり、会社が技術者への倫理教育を行っているため、倫理観が浸透しているということになる。

Q 倫理は、学校教育から始めるべきではないかと考えている。昔の学校教育では、薬品の扱い方、有機溶剤の扱い方を丁寧に教えてもらったことがない。大量のアセトンやベンゼンなど発がん性のあるものを使っていた。
最近、不幸にもメタノールでの死亡事故が起こった。このような事故事例を紹介していただき、自分で考えてもらえるようにしてもらいたいが、どのように考えているか。

A 昔の学生は、今ほど手厚く教育されてなかった。今の学生は、丁寧な教育を受けており、恵まれている。

Q 企業の利益優先や社員の保身、企業のリスクマネジメントの欠如の問題に関して、社員から社長まで倫理の考え方を徹底する必要があると考えている。
社長の任期が短くなる傾向にあり、社長が交代しても守られる社是、社訓を引き継いでいくべきでないかと考えているが、どう思われるか。

A ワンマンの社長もいれば、いい社長もいる。社長の任期は長すぎても良くはなく、時にはフレッシュな感覚も必要で、倫理の考え方に淀みのないようにするべきであると考えている。

                     (文責:橋本 隆幸  監修:伊藤 博)