熱海土石流事件について

著者: 鈴木秀男、佐々木一恵  /  講演者: 藤井 武 /  講演日: 2023年6月10日 /  カテゴリ: 環境研究会 > 講演会  /  更新日時: 2023年08月14日

 

近畿本部登録 環境研究会総会 会員講演会

講演1 熱海土石流事件について

日 時: 2023610日(土)1040分~12
場 所: アーバネックス備後町ビル(Zoom併用形式)
講 師 藤井 武氏 技術士(建設部門)

講演1 「熱海土石流事件について」

講師:藤井 武氏 技術士(建設部門)

 

1.開発造成について

開発事業における関係者の役割は、事業者として事業計画の立案、FS(実現可能性調査)、運営、維持管理があり、設計者としては、測量・地質調査・環境アセスメントのアレンジメント、基本計画、予備設計、実施設計、行政許認可手続きなどがある。

   メガネを掛けた男性の顔

自動的に生成された説明

行政としては、法の執行(審査・許可・完了の確認)を行うが、都市計画法、森林法、宅地造成等規制法、砂防法、河川法、道路法、埋蔵文化財保護法、自然公園法、風致条例、環境アセスメント関連条例工場立地法、大規模店舗立地法、墓地埋葬法、廃掃法、地方自治体の開発条例(重要調整池の条例など)などがある。すべて所管が分かれており、担当窓口が別となっている。施工者は、工事の施工(工事の完了)を行う。許可についての技術基準は右表の通りであり、審査基準を満たしていれば行政が許可を出すことになっている。

   文字の書かれた紙

自動的に生成された説明

2.熱海土石流事件について

2-1 なぜ起こったのか

①逢初川原頭部は周囲の地形・地質から、鳴沢川流域を含む周辺から地下水が流入しやすい場所だった。
②渓床に非常に水を通しやすい渓流堆積物の層があった。
③盛り土が不適切な工法で造成された。
72時間雨量が盛土造成後で最大であったため盛土底面への地下水の供給量が増えた。
などの条件が重なった。

想定される発生メカニズムは次の通りである。
①降雨開始後から時間が経過するに従って、多量の地下水が渓流堆積物を通して盛土へ供給された。
これによって、
②盛土の法尻付近から盛り土上方へ間隙水圧が上昇した。
③せん断応力が大きい盛土底部では、間隙水圧の上昇により、土粒子間を結びつける力が弱まり、順次局所的に土のせん断ひずみが大きくなった。
この状態で、
④さらに地下水が供給されることで間隙水圧がさらに上昇し、
⑤盛土底部では土の骨格構造が崩れ、土が水をさらに吸い込み急激に柔らかくなる吸水軟化現象が発生した。
⑥盛土底部の吸水軟化によるせん断変形をきっかけとして、盛土内の複数個所でせん断ひずみが大きくなり、すべり面が形成された。
⑦このすべり面付近で部分崩落が発生し結果として盛土のほぼ全体が崩落した。

2-2 この崩壊を防ぐことはできなかったのか

行政手続きの中で、
①県自らが「求積区域内に土地の改変されていない部分が含まれているため信憑性に欠けると判断して申請を受理しなかった」(問題の矮小化)」、
②「事業者に再度求積を求めるという対応をしなかった(行政の不作為)」、
③熱海市が「林地開発許可違反との意識なしに土採取等変更届を受理」(行政の不作為)などがあり、
④「行政の対応次第では防ぐことができた災害」であったと言える。

土石流発生個所(青矢印)


 
少なくとも2009121日の会議の段階で行為面積が申請の1haを超えていたことを認識していたのであるから、森林法違反で行政処分が可能であったのに、わざわざ静岡県自らが1ha以下しかないという解釈を下した罪は非常に重い。また201162日に熱海市が土採取等規制条例に基づく措置命令発出を検討したのに624日の変更届の提出要請通知書の発出に緩めたことの責任も相当に重い。

   土石流発生個所(青矢印)

2-3 熱海土石流事件後の法規制の動き

国交省が全国の大規模盛土(3,000㎡以上)の実態調査を実施、(大規模盛土が50,000ヶ所以上あることが判明)、各法律の限界から規制が及ばない盛土があることから、宅地造成等規制法の一部を改正する法律「宅地造成及び特定盛土等規制法(盛土規制法)」が制定され20235月に施行された。概ね2年の間に担当課が調査して区域指定を行うようになっており、その間は従来どおりの指導がなされるようである。

地元の動きとしては、静岡県が20221211日から土石流の起点部に残った盛土を強制的に撤去する行政代執行に着手した。2011年まで起点の土地を所有した不動産管理会社「新幹線ビルディング」(神奈川県小田原市)が、20227月施行の県条例に基づく措置命令に従わなかったことを受けた措置で、行政代執行の費用は新幹線ビルディングに請求するが、同社は命令の取り消しを求めて県を提訴しており、今後紆余曲折も予想される。

2-4 事件の教訓

各法律や条例の罰則条項が違法な開発行為の抑止力になるのかどうかは一概には言えないが、事件後罰則強化が図られたことは一歩前進である。この事件で明らかになった行政間の連携不足、危機意識の欠如、専門知識不足などは、組織上の改革だけで達成されるものではなく、実際の担当者レベルの資質向上も図っていく必要がある。

(文責 佐々木一恵 鈴木秀男   監修 藤井 武)