化学企業におけるR&Dの課題

著者: 藤橋 雅尚 講演者: 稲葉 眞一  /  講演日: 2005年12月17日 /  カテゴリ: 講演会  /  更新日時: 2010年12月25日

 

化学部会(200512月度)講演会報告-1

  時 : 20051217日(土)
テーマ : 講演会

 

講演1 化学企業におけるR&Dの課題

     近畿化学協会化学技術アドバイザー
     神戸大学、青山学院大学非常勤講師  稲葉 伸一

戦後日本化学産業の歴史

戦争で破壊された化学産業を立て直すため、まず化学肥料の緊急増産と染料産業の再建が1955年頃まで続いた。その後、合成繊維・石油化学・合成樹脂工業の育成に変換し、19581971年の間に石油化学コンビナートが各地で建設された。しかし1973年の第1次石油ショックの発生や、公害問題に起因した化審法の制定(1974)などを経て過剰生産が問題となり、需給調整とカルテルの時代に入った。
その後、バイオテクノロジーやファインセラミックス懇話会の設立(1980)、次世代産業基盤技術研究会設立(1981)など、立て直しへの模索を行ったが長期にわたる苦境が続いた。この間、地球環境問題やPL法の制定など社会環境の変革を受け、合併による体力増強を目的とした三菱化学、三井化学の設立などを経て現在に至っている。

戦後化学産業における技術の流れ

大きく見ると次の流れが見える。

1)技術導入・模倣の時代から、創造と領域拡大・総合化へ
官主導であり日本的な模倣と応用の特許文化(条件を少しでも外れると特許範囲外になるなど)が生まれたが、現在は新規化合物・触媒・機能など創造的なことを重視する創造の時代に転換してきた。

2)集中と選択へ
バブル崩壊以降は、本業への回帰と統合合併による体力強化の流れが見える。しかし国際的に見ると、日本の化学産業はベスト10に入らないなど、中堅クラスである。

3)素材型からの転換
日本の台頭によりアメリカの素材産業が衰退したと同様に、日本も素材生産型では無くなり、末端産業指向・異分野(バイオ・ナノ)展開・ニッチ指向・高機能指向に転換してきた。

4)研究開発体制の変化
自社内で死の谷を乗越える体力(時間・金銭・人材)が不足してきたため、基礎的な研究から撤退して収益の予想される事業に集中する方向となった。しかし流行に流されやすくせっかく開発しても、また競争にさらされる状態が続いている。

技術者の企業における実態

 元来、一般企業のR&Dは、Rの占める割合が小さい&D型である。このため、利益に直結する生産技術開発関連が優先される。生産技術開発は組織型であり独創的能力を軽視しがちである。大学や公的研究機関がRの主体であるが、発明を翻訳する能力が不足している。また、経営陣も自社独自技術への理解が低く、基礎研究は真っ先に削減する対象とされやすい問題がある。

研究拠点の国際化

 製造の国際化に続いて研究も国内にこだわらなくなっている。問題は日本人研究者の人材不足である。せっかく海外に出ても成果を上げて帰国するのではなく、期間満了で帰国するだけでありハングリー精神を喪失している。また、企業に企画マンが減少してしまった現実もある。

高校生の職業選択アンケート

 高校生になると自分の進む道を現実的に考えている。ある調査で得られたキーワードは次の通り。 好きなことが生かせる。安定と高収入。多くの人に役立つ。専門性と資格指向。大企業・休暇はあまり求めない。技術者は希望圏内だがサラリーマンは圏外。

技術者(研究者)の生きる道

 脱サラリーマン意識(技術士資格?)で、自己能力をたゆまずブラッシュアップし、独創性を持って、「研究者」として自己主張し、倫理観を持ち尊敬される存在で、ベンチャーを起こせる人脈とリーダシップを持つ。これが理想である。

<質疑>

 Q 青色LEDの中村修二氏の話との関連を補足して欲しい。

 A 人のやっていないことをやる人が海外に出て行ってしまうことに問題がある。高裁の判決は「お金を出した例がないから出さない。」であったが、それは間違いであると思っている。

 

 Q 異業種交流会では、技術屋は技術屋で良いのではという方向だがどう思われるか。

 A 幅広い知識と能力を持った友人を作れるところに魅力がある。技術屋・経営者・組織を作っていく人の、三者が必要であり変更への柔軟性を持った組織を作れば良い。
シャープの液晶の例のように、企業施策によって液晶への方向性が作られたことが推進力であることを参考としたい。

 

 Q 研究の過程で開発への方向付けのためエンジニアを入れる考え方をどう思うか。

 A 大学の研究は分析技術の発達も起因し、mg単位と小さくなりすぎた。このため実用化へのハードルが多くなっている。そういう意味で企業が研究所に直接入りこむ余地が小さくなってしまった。大学の研究の個性を見極めて、スケールアップにコンピューター技術も活用して開発するべきだが、ブラックボックス部分が大きくなりすぎていることに問題がある。

 

 Q 基礎研究をどのようにしていったら良いと考えるか

 A 中国やインドと同じレベルになってはだめである。企業の施策さえはっきりすればその領域では世界中のシーズ情報に目を配ることができるので、そのような部門を置くべきである。これからはシーズを買うにしてもお金をかけたら買える時代ではなく、バーターを必要とする時代になると思う。そのためには、先のことばかり考えている変人を、一人か二人は抱えておく必要があるのではと思っている。

文責 藤橋雅尚


著者プロフィール 著者
> 
主な経歴
> 
資格
> 
その他
>