農林水産業と知的財産権

著者: 藤橋 雅尚 講演者: 秋葉恵一郎  /  講演日: 2009年10月15日 /  カテゴリ: 講演会  /  更新日時: 2011年01月07日

 

化学部会(200910月度)研修会報告

  時 : 20091015日(木)
テーマ : 講演会

 

講演 農林水産業と知的財産権(今何が課題となっているか「知的財産権からの考察」)

秋葉恵一郎 技術士(化学部門)
日本技術士会登録「知財コンサルティングセンター副会長」

 

はじめに

本日の内容は、農産品を取りまく知的財産権(種苗法・特許法)に関する話題である。化学とは縁遠い話題のように見えるが、化学と生物学は遺伝子工学の面から垣根が無くなってきているのが現実である。政府の知的財産創造立国政策に鑑み、農業と知的財産権の関係を技術士の仕事の観点からお話しする。

農産品の知的財産権を基にした事件

イグサ「ひのみどり」輸入差し止め事件
熊本県は種苗法による「ひのみどり」の育成者権を持っている。中国製の畳表に「ひのみどり」が使われている事をDNA鑑定で証明し税関に輸入差止めを申立てた結果、中国からの違法な輸入を摘発し有罪判決とイグサ没収の判決を獲得した。

サクランボ「紅秀峰」刑事告訴事件
山梨県は「紅秀峰」の育成者権を持っているが、国外に苗木が持ち出されて栽培され、成果物のサクランボが輸入されたとして、持ち出したオーストラリア人を告訴した。しかし日本の農家が好意で枝木を提供した事が原因だったこともあり、権利満了後でも一定期間サクランボを日本国内に持ち込まないことで和解した。

菊「鞠(まり)かざぐるま」刑事告訴事件
広島の種苗会社が愛知県の農家を種苗法の育成者権に基づいて、立証の負担を軽くするため刑事告訴した。警察が強制捜査して菊を押収し種苗管理センターで栽培試験した結果、同一と認定され押収した。

種苗法による農産品の権利は、登録後草質系は25年、木質系は30年である。上記事件以外にも、登録そのものが無効となった例を含めて種々の事件がある。問題点は日本国内では全植物を保護対象とするものの、国により保護対象が異なっていることであり、バイオ技術まで踏み込んだ特許権による保護が重要になってきている。

農林水産品分野の課題

日本の食糧自給率が40%を切っていることは周知であるが、世界的に見ても人口が急増する方向であり食料の確保は重要な問題である。一方、農業は ①農地をこれ以上増やせない、②水資源を確保できない、③土地の面積も増やせず反収も上がらない、という問題点を持っている。言い替えると農業は急速な経済成長の中で生きていくことが難しい産業である。他方、食料の生産が増えて潤沢になると人口が増え、その結果食料が不足するという体質的ジレンマを抱えている産業という課題もある。

食料の供給増加と、知的財産権ビジネス

食糧増産に寄与し、バイオテクノロジーを駆使した商品の例として、遺伝子組換え作物がある。特に大豆・綿花・トウモロコシ等で遺伝子組換え品の割合が増えてきており、大豆作付面積で見ると米国は87%、世界的に見ても64%が遺伝子組換え品になっているのが現実である。すなわち、知的財産権を持つ企業による作物の囲い込みが進んでいると言える。

知的財産権の確保と産業発展のバランスを取るための制度として「パテントプール」がある。日本政府は「知的財産推進計画2005」で国際標準の獲得を重点目標としてこのプールを支援している。その仕組は、複数の特許権者が所有する製造や開発を対象とする必須使用特許をプール管理会社が一括して管理し、企業等のユーザーにその利用を許すことである。特許権者は提供特許件数に応じてロイヤルティを受けられ、プール管理会社がライセンスの供与・交渉・ロイヤルティ授受・配分を遂行する。独占禁止法との関係が微妙ではあるものの、オープンであれば問題は起こらないであろう。

農産物を保護する法制度とその活用

農産物を保護する主な法制度は、特許法、商標法、種苗法、不正競争防止法、関税定率法である。特許関係でいえば、例えば和牛の特許では肉質改善・肉質や食味の判定・品種鑑別・畜産効率の向上など広範囲な特許が多数出願されている。特許は維持コストこそかかるが国際的に通用する制度であり、“攻めの農業”を行うためには必須の武器になる。演者が副会長を務める「知財コンサルティングセンター」では、プロジェクトの企画・開発、発明の発掘、事業化と侵害予防、海外進出に伴う特許調査を行っている。

日本の農業は「おいしさ」を求めて発展し質は高いので、これからは農業においても特許を多面的に活用するべきである。特許事務所との協働作業は必要ではあるが、バイオテクノロジーを中心とした分野で技術士の活躍の場は大いにあると考えている。

Q&A

Q 中国人は牛肉をあまり食べないが、日本のおいしい牛肉を食べさせる方法は。

A 和牛の遺伝子他おいしさを担保する特許で防御し、中国の中産階級に売り込む。

 

Q 大学の特許への対応はどうなっているか。

A 独立法人化した結果、外国への特許出願が費用面で難しくなっている。また、大学の特許発明と企業化の間の、距離が遠いという問題点もある。

 

Q 特許の活用を含めて、農業に進出したい企業はあるが農地法による障害はどうか。

A 法律は変えても、農家には慣習や固有文化がある。根付くには時間が必要だろう。

文責 藤橋雅尚  監修 秋葉恵一郎


著者プロフィール 著者
> 
主な経歴
> 
資格
> 
その他
>