企業のビジネス戦略をささえる技術者のマネジメントマインド
【環境研究会 第51回特別講演会】 繊維部会との共催
日 時:平成23年3月26日(土)13:30~17:00
場 所:アーバネックス備後町ビル3階ホール
講演2.企業のビジネス戦略をささえる技術者のマネジメント マインド
(副題:自動車の商品開発における事例から)
講師:守屋 真氏 元日産自動車新商品企画開発責任者、日産ジーゼル工業常務
主にゼネラリストとしての技術者のマネジメントなど必要要素について述べる。
1)品質について
商品品質を広く捉えてハードの品質とソフトの品質を考える。ハードの製品品質は、「一元品質(性能、機能など)」「魅力品質(コンセプト、デザインなど)」「当たり前品質」(安全性、信頼性など)の三つに区分される。「当たり前品質」が悪いと製品は売れなくなる一方で、優れた魅力品質は売れる要因となる。ソフトの品質は製品に直結するものと付随的なものを含め、仕事の質やビジネス全体の品質を規定するという観点から、経営者がリーダーシップを執り推進するTQMの領域として捉えることができる。
2)マーケットマネジメントの基本概念
コトラーは企業が顧客満足や競争優位を確保するための考え方を体系的に整理した。それらは、商品品質マネジメント、商品ポジショニング戦略、ターゲット・マーケティング、CRM(顧客関係管理)などであるが、企業はそのポジションに応じて、夫々独自のマーケティング戦略の展開を図ることになる。
3)自動車の差別化戦略事例(日産の商品革新プロジェクト)
日産は、1970年代後半の排気規制以降続いた市場シェアの低下傾向から脱却するため、1980年代末~90年代初にかけて、商品企画・開発の基本戦略を転換する商品革新プロジェクトを展開した。類似商品、派生商品を整理し、個性的なBe-1や高級車のシーマのヒットに続き、セフィーロ、ローレル、スカイライン、マキシマなどの新商品開発と、総合マーケティングによる市場展開を図り、販売台数、シェアの回復基調への転換に成功した。しかし、これらの成果は永続せず、一世代後には、再びシェアが落ち込む結末となった。
4)企業戦略目標の戦略化事例(トヨタのエコプロジェクトとプリウスの商品化)
日産がヒット商品を連発していたとき、トヨタでは、21世紀の技術課題抽出と長期的な企業目標の設定に取り組む中で、環境・エネルギー問題が採り上げられ、1993年に、エコプロジェクトを立ち上げている。以後、トップの決断のもとにハイブリッド車の開発を加速させ、1997年末にプリウスを発売した。この年、COP3が開催されCO2排出削減について京都議定書が締結されたものの、市場の省資源への関心はまだ低く、プリウスの販売は、2000年代初期の数年間にわたって低迷が続いた。しかし、モデルチェンジを機に増販に転じ、2004年にはこのクラスのトップブランドに成長し、2006年には累計50万台に到達、ハイブリッド車全体では、車種追加や海外展開の努力が実を結び、世界累計販売で100万台規模の市場になった。
2010年に、プリウスの国内販売は30万台を超え、文字通りベストセラーカーとなっている。
5)トヨタと日産の企業体質の比較
一言でいえば、日産は短期集中決戦に強く、トヨタは長期持久戦に組織力を発揮する特性を持っているといえる。このことは、70年代後半から今日に至る両社のシェア推移に顕れており、日産は一時的なシェア回復期は何度かあるが、いずれも3~4年しか継続していないのに対して、トヨタは長年にわたりシェアを維持向上させている。
経営スタイルも、日産は短期成果追求型で、外部の技術を導入するなどフレキシブルに対応する欧米タイプである反面、継続性などでは弱い一面もある。
一方、トヨタは長期戦略達成型で、自主独立・自立成長と企業存続を重視するいわゆる日本的経営といえるが、結果として市場の信頼をより多く獲得してきた。
6)おわりに
最近の品質環境や不具合事例からの教訓について言及するとともに、日本的経営と精神文化の再認識について考察している。例えば、海外基準の適用による、日本市場特有の品質基準の逸脱や、グローバル生産進展に起因する大量リコールの発生などは、経営のグローバル化に伴う副作用の一つとして対応が求められるとし、一例として、グローバルモデルにおけるフロントバンパーの地上高不足や、米国生産車のアクセルペダル戻り不良などをあげている。
最後に、PL法の論点について、米国の製造物責任訴訟の事例と論点の紹介があり、世の中の技術水準に遅れないこと、安全関連品質には万全を期すこと、「顧客起点の発想・視点と品質機軸の行動・規範」をもって日々改善に努め品質マネジメントを継続すること・・・の三点が、企業統治やリスクマネジメントの面からも、企業経営や技術系リーダーの基本的スタンスとして重要であると述べ、締めくくっている。
質疑応答
Q:自動車の安全性の考え方は? 例えば衝突時、壊れ易さと頑丈さ、どちらが重要か?
→両方必要である。衝突時の壊れ方を工夫し、前後部分は柔構造にしてショックを吸収する一方、キャビン部分は頑丈に作り乗員を保護するなど、技術が進歩している。
Q:企業から見て技術者のあり方は? 日産は1970年代以降息切れしてしまったということか?
→一概には言えない。色々な面から考えるとトヨタと日産の企業力に差がでたということ。
70年代のシェアは共に30%台で差がなかったし、1980年代末の一時的な回復期は技術者主導で進められている。
Q:日本の自然災害に対する脆弱性と、JIT(ジャストインタイム)生産システムの問題は?
→JITは効率のよいやり方であり、在庫を持たないのは合理的だが、一方で部品の調達先を一つに絞るリスクは、品質問題への対応性、生産の維持・継続性などに影響するので、マネジメントのスキルが問われる。
Q:経営的な観点から見て何をすべきか。日産は結局ゴーンさんが来て改革したのでは?
→ゴーンさんでなければ、情やしがらみが切れず改革できなかったといえるだろう。これからはグローバルな考え方とともに、日本的な感覚(品質やマーケティング)も重要になろう。
Q:トヨタのハイブリッド車とEV(電気自動車)のこれからの見通しは?
→クルマにはドライビング性能も重要で、夫々の棲み分けが必要になる。EVは、EV固有のマーケティングを考えるべきであろう。
Q:子会社、孫会社との関係性や支援の考え方は? また、リスクマネジメントの解釈は?
→かつては、サプライヤーとは一緒に行動するなどチームワークが主体だった。その後、自立成長を支援したことで、今はサプライヤーが強くなったので、対応も違ってきている。
原発事故(2011.3.11)での東電や国の対応の仕方は、リスクマネジメントの勉強になっている。
Q:ディーラーの応対能力は? フロントガラスが割れたときのトヨタの対応は良かった。
→これは、先に述べたソフトの品質の考え方、製品に付随する品質の問題である。トヨタ本社のマーケティングは、営業部門と販売会社との連携が行き届いているということ。
Q:コロナ、ブルーバードが見えなくなったが?
→省資源が叫ばれるようになり、ミドルクラスの市場からスモールカーの時代に変化する一方で、ミドルクラスはプリウスに置き換わった。昨今は、新しいネーミングで新しいマーケットに対応するのが主流になっている。
Q:産業構造ビジョンでは自動車からの脱却が言われている。自動車にも繊維は多く使われているし、軽量化にも貢献できるが、今後どう考えるのか?
→環境や安全の面で、どう使いこなすかである。繊維の側からすれば、燃えないものに対する要求への対応(難燃材より一歩進んで消炎・不燃性繊維の研究)も一つの方向ではないか。
コメント
日産で自動車の開発責任者として活躍され、その後、マーケティングにも関わられた経験を「技術者のためのマネジメントとマーケティング」の冊子にまとめられた。これを後輩技術者に伝えたいとの想いから今回ご講演いただいたが、質疑応答を通じても真摯な姿勢が伝わってきた。
(監修:守屋 真 作成:山本泰三)
講演1.バイオマスの有効利用について ― エネルギーと環境の両面から
講師:池内智彦氏 大阪大学 先端科学イノベーションセンター 特任講師
セルロース系バイオマスのバイオ燃料への変換について、日本及び世界(主として米国)の動向を解説し、今後実用化に向けての課題と解決方法について考察と質疑があった。
以上