日本のものづくりの歴史と現状、そして10年後のものづくりは

著者: 藤橋 雅尚 講演者: 黒田 政男  /  講演日: 2014年07月04日 /  カテゴリ: 講演会  /  更新日時: 2014年09月25日

 

繊維部会・化学部会(2014年7月度)CPD共通課題講演会報告

  時 : 201474日(金) 13:3016:30
共 催 : (公社)日本技術士会近畿本部、日本繊維技術士センター、日本染色加工同業界
  所 : 大阪産業創造館

 

演題 日本のものづくりの歴史と現状、そして10年後のものづくりは・・・

豊田 政男   独立行政法人 科学技術振興機構  大阪大学名誉教授 工学博士

1.はじめに

個人・産業・社会は「美しく」なければならないと考えており、「美しく」感じる「ものづくり」が基本である。「うつくしい」とは何かを考えて見ると、「ウツ」は内に通じ内面が充実していることをいい、「クシ」はクシビ(霊・奇)からきて神の造化などの妙を賞じて賛嘆する意味である。「」は、象形文字であり大きく太った羊を表し、形が美しいことや肉が美味なことを示している。

自然は美しいという。その美しいものを写真撮影する場合に大切なのは、
  ①天気(光と空)
  ②構図(余分の排除)
  ③レンズ(中央と端のピント)
  ・・・、強いていえばカメラ
になると考える。言い替えると条件・対象・機材と言え、これは「ものづくり・人づくり」に通じる。本日は「」をキーワードとして「ものづくり」を考えたい。

   図1 素材の質と写真

2.自然の驚異/美しい?

自然は美しいとの「思い込み」はないか。自然は美しいものだけが残っているといえる。すなわち美しいものは残っていくための意味で強さを持っていることを示している。このことから「自然に学べ」という言葉が出てくるが、果たしてそれだけで良いのだろうか。

人工物を考えて見よう。人が目指した美しさとその結果の美しさについては、デザイナーの先進性(好き嫌いがあったり説明が必要なものもある)の表現、超高層ビルの並びと街角のアート、近代建築とスラムなど、(評価の方法によるが)美醜が共存している。とはいえ自然は常に美しく、人工物は否定されるものではない。写真で考えて見ると、そのものの背景を知らなければ創られたものを写し撮ることはできない。自然と人工物を,明確に区別して考えることは適切なのかどうか。日本は,もともと人間は自然の中にあると解し「自然」という言葉さえ江戸時代まではなかったのである。

人工物の価値を理解し、先人が創ったものを遺す努力をすることであり、先人の知恵と工夫のすばらしさに美しさを見ることが必要である。石造物における石の切り出し・積み・繋ぐ技術、木造建築に見る工夫と美しさ、金属で形を創る技術などの工夫は数知れない。

3.ものづくり技術のすばらしさを知ろう

 エジプト文明を見てみよう。ピラミッド(図2)や図3に示す巨大な石造物を考えると、どの様にして石を切り出し、どの様にして石を運搬し、どの様にして積み上げたのか。石切場を調べて見ると、石を割る方法は割れる方向を見極めて、木のくさびを打ち込み、水による木の膨張を利用していることが分かる。人類の叡智と創造が積み重なったエジプト文明の高度性を、クレタ文明、トロイ文明、ギリシャ文明が引き継ぎ発展していったが、これらの建造物を壊さずに遺してきたことに大きな価値がある。なお、この間に強い石を強い鉄で繋いだためにこわれることなども学習している。

    図2ピラミッド

   図3 巨大石造物

4.ものづくりは、材料を生かすこと

ローマ時代の後半に、ドーム建築が現れる。ドーム建築を調べて見ると数学的に最小の壁で支えており、また,外側にある半ドーム構造は,4本の柱がふくらんで来ないように押さえる目的で配されているなど,非常に合理的な構造となっている。
ローマ時代に開発されてアーチ構造が日本に伝わって、アーチ橋なども造られているが、アーチで構造を支える構造にも,いろいろな工夫が見られ,石を積み・組み上げる構造にも多くの工夫が見られる。

    図4 ペンデンティブドーム

材料の特性を知ることの重要性を端的に表しているのが,伊勢神宮の神明造りである。伊勢神宮は20年ごとに建て替えられているが、屋根を支えているように見える棟持柱などの柱は、実は屋根・梁を支えておらず,柱の頂部には隙間が開けられている。実は,屋根全体は壁で支えており壁構造なのである。柱の頂部の隙間は,木が乾燥して収縮するのに,木目の方向で収縮量に大きな差があることを知ってとられているアイデアなのである。20年経過すると屋根が徐々に下がって隙間はほとんどなくなるが、今は遷宮直後で分かり易いので是非見て欲しい。(小さい社殿なら近くで見ることができる)。
また,五重塔の構造での「心柱」も特徴あるもので,日光輪王寺の五重塔等の心柱は構造を支えておらず4層目から吊り下げられている。たくさんの木を組み合わせる構造で全体を持たせており、それらの収縮を柱のがんばりとのミスマッチを経験しての構造での工夫なのである。このように材料の石や木などの性質を理解して,うまく生かした構造にこそ美があると言える。

5.縄文時代の優れた技術から現代へ、そして21世紀は

縄文土器を調べて見ると、インカの土器文明より1万年以上古い土器が長崎の福井遺跡で見つかるなど世界最古の土器文明がわが国で展開していた。この当時として最先端の土器技術は、北方系と南方系の石器技術が融合する場所に日本があったことが理由と考えられ、日本には漆と木工をはじめとして最先端技術が生まれて,それが受け継がれてきた歴史があるのである。

ものづくりの基本は二つ以上のものものを「つなぐ」ことにあり古代から知恵を絞っている。例えば,溶接継手の,「継」はつなぎ合わせることであり、「接」はつなぎ続けることである。出土した銅鐸にも鋳掛け跡を修理したものが見つかっており、銅器では西周時代の「鋳煌鉚」の脚部などの接合技術につながって「」が形成されている。接合技術の進展は,現在の最先端技術である摩擦攪拌接合(FSW)やリモート溶接などにつながり,その応用技術の展開は,わが国は世界を大きくリードしていると言える。

ものづくりは「智」の結晶であり文明の創造者そのものである。工学の基盤技術はものづくりを支える必須技術であるが、ただ「基盤・基盤」で大事ですよといっていてもだめであり、このままではわが国の強みが失われていくことを懸念される。21世紀は16世紀以来の成長とインフレが全てを解決する時代が終焉する時代である(F.ブローデル)。世界史を見ると、「海の資本国」と「陸の資源国」の戦いであったが、陸の資源国が反撃を挑んでおり、海の時代が終わろうとしているといえる。文明が移り変わろうとするときの二つの技術面での大きな失敗である、ヴェネチア化(巨大帆船に対する敗北)とガラパゴス症候群(ローマ帝国の崩壊)を再現してはいけない。

日本の国力は明らかに低下している。図5は技術イノベーションを果たしたわが国企業が、ほとんどの特許を持っているにもかかわらず大量生産ステージになると市場シェアを落としていることを示している。これは付加価値を川上・川中・川下のどこで求めるかについて、日本は、川中に相当する組立(品質)が得意分野であったが、川中部分が減少していること,川中のキャッチアップが容易であること等によると言える。しかし,わが国には強いものづくり基盤技術は残っている。経済再建の3本の矢では製造業の強化が不可欠である。

    図5 日本企業の市場シェア

6.次の10年、さらにその先に向けて

企業も人も老化は避けられない。企業の老化現象とは、ルールが増えスタンプラリー(承認印が増えていく状態)に現れてくる。今求められているのは、世界をリードする人類社会へのイノベーションの構築であり、そのためには飛躍的な知の創造が必要である。イノベーションをもたらすためには、人財が大切であり「智」(特に暗黙知)を持ち、智を拓く意欲のある人、成し遂げようとする意欲があり、あこがれがあって感受性があり美意識のある人である。

理工学の学生数が減っている。理工学が高校生にとって魅力が無いというよりは学問離れが懸念される。一方、科学への期待は高いという面もあり、目指している産業構造が明確でないために、キャリアパスとして魅力がなくなっていることが学生減の原因と思われる。「人間到処有青山」(人間:じんかん)と言うが、人が集まるためには「魅力」が必要であり、そこには「楽しさ・発想の自由・よき仲間」が必要である。そのためには「(トップリーダーが)いかに若者に夢を与えるか」が大切である。

私の経験からいうと、歴史を見れば同じ長さだけ先が見える。そして立ち向かう課題を見つけ出し、一人よがりでなくまわりに説明でき、前進していくことが魅力を生み出し、次につながっていく。「知」は「力」になるので、次の世代を担う者への教育が大切である。

Q&A

Q 日本はなぜ技術を安売りするのか。

A 必ずしもそうでなく,簡単に盗まれることに問題がある。大切な品質管理・工程管理が安売りされてしまったのでは。

Q 美に関するお話しは納得できた。日本が川中型であるのは営業力が弱いため、川下型になれないということか。

A 営業が需要をつかんできて、それが社長に伝わっている企業の場合は成功例(中小企業)が多いが、それができていない大企業が多い。お客様が困っていることを把握してそれを支援することがビジネスにつながる場合、アメリカは即決で決めるが日本はできないことに問題がある。

Q 日本は世界と較べて、突出して200年以上続いてきた企業が多いとのことだが、シェアが落ちてくるのはなぜか。

A 200年以上同じことを続けて来た訳ではない。途中で何度か変化がありそれに対応できたから続いている。シェアが落ちてくるのはやむを得ないことだが、そこで新しいビジネスモデルを作り出すことが大切である。

文責 藤橋雅尚、監修 豊田政男


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