バイオミメティクスの視点で見る繊維

著者: 藤橋 雅尚  /  講演者: 八木 健吉 /  講演日: 2016年2月26日 /  カテゴリ: 化学部会 > 講演会  /  更新日時: 2016年03月14日

 

近畿本部 繊維部会・化学部会(20162月度) 合同講演会報告

  時 : 2016226 日(金) 13:3017:00
  所 : 大阪産業創造会館 5階E

講演1 : バイオミメティクスの視点で見る繊維

  八木 健吉 日本繊維技術士センター 副理事長(技術士  繊維、総合技術監理部門)

1.はじめに

バイオミメティクスを直訳すれば生物模倣技術であり、生物の持っている優れた機能や形態を学んで模倣し、ものづくりに役立てようとする技術である。最近のバイオミメティクスの高まりについて東北大学の下村政嗣氏は、「国連が制定した生物多様性年(2010年)に、ジャニン・ベニュス氏(米・女性科学作家)が『バイオミミクリー(自然を模倣する)』というコンセプトを提唱し、自然を師とすることで持続可能な社会が作れる」と提言したことが一つの契機になったと紹介されている。

本日は、繊維の世界ではバイオミメティクスという言葉ができるずっと以前から、生物に学ぶことで発展してきたという視点でお話しする。

2.シルクに学ぶ(シルクライク合成繊維)

絹布は、光沢・ドレープ性(布がしなやかに波打つように拡がる性質)・発色性などにより高級ブランド衣料用素材として最高級に位置すると評価されている。カイコの繭糸の断面を電子顕微鏡で観察すると三角断面の形状を持つ、二本のタンパク質繊維(フィブロイン)を、粘着性を持つセリシン(タンパク質)で包み込む構造をしている。この繭糸を精練し、セリシンを除去する事で絹糸の風合いを得ることが出来る。

19世紀末に出現した化学繊維は、セルロース系原料を溶解して作り、人造絹糸と呼ばれるなど人間の絹へのあこがれを象徴していた。合成繊維が発明され、絹を目指したバイオミメティクスが始まったけれども、合成繊維の特徴である均一性が妨げとなって絹の特長を表現できず、安物に位置づけられざるを得なかった。しかし繊維業界は、絹の持つ風合い、優美な光沢、ナチュラル感の実現を目指し、バイオミメティクスの歴史を刻んで行った。

優美な光沢の発現を目指して、絹の持つ三角断面形状の繊維構造を実現するため、紡糸口金の工夫により三角断面形状とする技術が工夫され、ポリエステル繊維でシルク光沢の発現に成功した。さらに、精練に学んだアルカリによる減量加工技術の開発により、ポリエステル繊維でシルクライフ光沢とドレープ性の実現がなされた。(図1)

 八木002  図1 三角断面のポリエステル“シルック” (東レ提供)

ふくらみ感やナチュラル感については絹繊維の持つ自然な捲縮によるものと考えられ実現が難しかった。解決のため収縮差混織技術(熱収縮率の異なる2種類の繊維を同時に紡糸してマルチフィラメントをつくり、織物にした後で熱処理し、収縮差によりたるみを発現)が工夫され実現した。(図2)

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図2 ふくらみ感のあるポリエステル織物“シルック・シルデュー”  (東レ提供)

絹鳴り音についても、ポリエステルの三角断面形状繊維の頂点に微細スリットを入れた、三花弁断面繊維の実現により複雑なスティックスリップ現象を生じさせることで実現した。(図3)

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 図3 絹鳴り音を発する三花弁断面のポリエステル繊維“シルック・ロイヤル”S (東レ提供)

3.皮革に学ぶ(合成皮革と人工皮革)

牛や羊などの動物の皮は、体表をおおう表皮層、鞣(なめ)して革になる真皮層、肉と結合する皮下組織からなっている。真皮層は乳頭層(外側)と網様層(内側)に分かれるが、いずれもコラーゲン(タンパク質繊維)で構成されている。乳頭層では直径0.1μm程度の超極細繊維が数百本集まって直径3μm程度の極細ファイバーとなり、極細ファイバーが数十本集まって直径80μm程度の極細繊維束となって、さらに極細繊維束が三次元的に絡み合った不織布構造となっている。網様層はさらに太い繊維束が絡み合った不織布構造である。

皮革代替品もバイオミメティクスで発展し、第一期では織編物を基布とした塩ビレザーや合成皮革、第二期では不織布とポリウレタン微多孔膜を用いた靴の甲革に使える透湿性の人工皮革、第三期では直径3μm程度の極細ポリエステル繊維束の利用により天然スエードとほとんど変わらない人工皮革スエード(図4)が開発され、皮革代替品として幅広く利用されている。

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図4 人工皮革(エクセーヌ)と天然鹿革の比較 (東レ提供)

4.羊毛に学ぶ(複合繊維)

羊毛や木綿などの天然短繊維は自然な捲縮(ちぢれ)を持ち、紡績により絡み合って長い糸に紡ぐことが出来る。羊毛の繊維はケラチン(タンパク質)から出来たコルテックスが、同じくケラチンで出来た疎水性のうろこ状細胞でおおわれた構造をしている。コルテックス本体を調べると、柔らかく親水性のオルソコルテックスと、硬く疎水性のパラコルテックスを貼り合わせた構造であり、異質成分からなるバイメタル構造により捲縮性を発現している。
バイオミメティクスにより二種類の材料を使う捲縮性複合繊維が開発され、静電性、保温性、紫外線遮断性などの機能を持つ、様々な複合繊維に発展していった。

5.木綿に学ぶ(中空繊維、異形断面繊維)

木綿繊維は、種子の表皮細胞が伸長した種子毛であり、成長の終わり頃に細胞の内側に何層ものセルロース分子が作られることで肥大していく。繊維の中心部は栄養液補給のため中空であり、電子顕微鏡で見るとひしゃげたマカロニの様な構造であるが、水分があると中空部が膨らむことで、多量の吸水能力を発現する。この中空構造を学んで様々な中空繊維や異形断面繊維が開発され、染色性、吸水性、清涼感、軽量性、高反発性、超撥水性などの快適性合成繊維が開発された。

6.スーパー繊維(天然を超える繊維)

強さ、燃えにくさなどで天然繊維や従来の化学繊維の持つ特性を超えた、アラミド繊維、炭素繊維などが発明されている。今後は蜘蛛の糸のバイオミメティクスや、ナノファイバーの利用を始め、繊維以外の専門技術者の方の視点も勘案した開発努力が必要である。

質疑

Q 染色は繊維に関係すると思うが、どうバイオミメティクスと関係するのか。

A 合成染料はこれまで純粋なものを目指してきた。天然染料はインジゴだけでも多種類あるように色々なものが混じっている。天然染料のような複雑な色をだすためには、バイオミメティクスは大切である。

   文責 藤橋雅尚、監修 八木健吉