国の科学技術戦略と今、 大学に求められていること

著者: 藤橋 雅尚  /  講演者: 北岡 康夫 /  講演日: 2016年2月26日 /  カテゴリ: 化学部会 > 講演会  /  更新日時: 2016年03月15日

 

近畿本部 繊維部会・化学部会(20162月度) 合同講演会報告

  時 : 2016226 日(金) 13:3017:00
  所 : 大阪産業創造会館 5階E

講演2:国の科学技術戦略と今、 大学に求められていること

  北岡 康夫 大阪大学産業連携本部 副本部長
兼 大学院工学研究科附属高度人材育成センター 教授

1.はじめに

大阪大学博士前期課程修了後、松下電器産業株式会社入社。大阪大学大学院工学研究科附属フロンティア研究センター教授を経て、201010月から経済産業省製造産業局で産業戦略官としての行政経験を持った。その間、東日本大震災や国家プロジェクトへの対応にもあたり2014年から現職である。本日は、産学官での経験を踏まえてお話しする。

2.日本が置かれている現状

東日本大震災においては、高い世界シェアの日本の部素材産業がグローバルなサプライチェーンに大きな与えた影響を考えた。黒鉛・極薄電解銅箔・シリコンウエハ・人工水晶などの生産停止が、中間部素材(リチウムイオン電池・半導体など)の生産に影響し、最終製品である自動車・家電・産業機械などの生産にまで影響した。日本の製造業の強さの源は高度部素材産業に負うところの大きいことが、明らかになったといえる。

日本の製造業の強さの源は「高度部素材産業」の強さにあり、高度部素材の製造業は優良企業といえる。優良企業と評価できる基準を考えて見ると、「必要条件」は他社の参入が困難な障壁を持ちしかも技術が発展していく企業であり、「十分条件」は個々の製品が中規模(大規模になると資本力で参入される)で、コアを日本に残せる企業といえる。

日本は高度経済成長時代から、製造技術力で欧米に勝るようになったが、2000年以降は調達や市場などの最適化をグローバルに求める時代になった。世界の製造を支える高度部素材を供給するには、グローバルな産業構造に対応することが重要である。さらに、ノウハウやアナログ的技術の海外流出を避け、新産業(人材の育成を含む)を創造していくことが必要であり、企業ばかりでなく国家にとっても不可欠な課題である。

3.科学技術政策の方向性

アメリカ、ドイツの科学技術関連予算について考えて見たい。アメリカは、DARPA(アメリカの国防高等研究計画局)による軍事技術開発の成果を民間転用して、インターネットなどのイノベーション創出を図ってきた。一方、ドイツは研究機関のネットワークであるフラウンホーファー研究機構が中心となり、工業技術(ものづくり)をベースとした技術創出を図り、大学と公的研究所が連携して、大胆なエネルギー政策や標準化政策を推し進めてきた。

日本も革新的科学技術をイノベーション創出に繋げることが重要であり、アメリカやドイツの取組みは参考になる。DARPAのようにハイリスクだがインパクトの大きい研究開発を公的資金により支援し、PM(プロジェクトマネージャー)に高い責任と権限を与えプロジェクトを推進することも重要である。フラウンホーファー研究機構のように、国家プロジェクトで得られた成果を企業へ橋渡しするためには、公的研究機関である産業技術総合研究所などの役割も重要となる。さらに、ベンチャー企業を創出し新しい産業を興すためには、官民イノベーションプログラムのようなベンチャー支援プログラムも重要となる。今後は、これらの仕組みを連携させ、イノベーション創出に繋げていくことが求められる。

日本政府は、総合科学技術・イノベーション会議の持つ司令塔としての機能を強化し、政府全体の科学技術関連予算を戦略的に作成し、様々なプログラムを推進してきた。SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)では、基礎研究から出口までを見据えた規制・制度改革を含めた取組を推進する。革新的推進開発プロジェクト(ImPACT)では、革新的な科学技術イノベーション創出を目指し挑戦的研究開発を推進する。SIPImPACTは我が国として大変重要なプログラムである。その中では、新しいものづくりの新しい方向性についても検討されていて、プロセス革新(例:3Dプリンタ)とデータ革新(例:AIIoTの活用)の両輪が必要であり、どのようにして商品の付加価値を高め、かつ開発スピードを速めるかについて検討されている。

また、技術開発の推進とともに科学技術戦略策定の重要性も示され、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)では、新たに技術戦略研究センターを設置し、「戦略に基づく技術開発を通じてイノベーションを刺激・支援し産業に橋渡しする」を目指して、科学技術戦略の策定をしている。

4.産学官連携の意義

これまでの産学連携は、「顕在化している企業ニーズ」に対して、大学が保有するシーズのマッチングを行い、委託研究・受託研究の形で実施されてきた。今後の産学連携では、「企業も確信を持てない将来ニーズ」に対して、大学に既存シーズがある場合にはスピンアウトやベンチャー企業設立を目指す。大学にも顕在化したシーズがない場合には、概念・構想を産学で議論した上で、国家プロジェクトやコンソーシアムを立ち上げて事業創出を目指す、など、新しい仕組みの導入が不可欠である。

企業が国家プロジェクトに参画する目的は、本業以外の分野での新規分野開拓、異分野への進出、人材の活用や高度人材の新規確保などである。一方、大学は交付金が減額される中で、国家プロジェクトに参画し、研究成果の社会還元が求められ、異分野(他大学や人文社会系学部)との融合、産業界との人材流動などが重要となる。
  ①国は科学技術政策という旗を立て
  ②大学は新しい発見(シーズ)のため研究し
  ③企業はそれらを活用しイノベーション創出に繋げるため、国と大学と企業の連携はますます重要となる。

5.イノベーション創出に向けて

日本の大手企業は、自社の持っていない技術を中堅企業との技術提携や資本提携により、取り入れて発展してきた。これからの大企業はステークホルダーからの要求がますます強くなり、技術開発もますます短期的となる。そのため、企業が成長し続けるためには、大企業同士の連携だけでなく、大学発ベンチャーや地域の中小企業との連携による新技術導入が不可欠といえる。

演者が所属する大阪大学は、トムソンロイターによる「最も革新的な大学の世界ランキング」で18位(国内トップ)となった。今後は、Industry-on-campusを掲げ推進してきた「産学連携」をさらに発展させ、産業界や地域社会が大学を活用できるように環境を整備し、様々な観点で『産学共創』を目指していく。

 文責 藤橋雅尚、監修 北岡康夫