化学物質管理のための リスク評価・リスク管理

著者: 藤橋 雅尚  /  講演者: 伊藤 雄二 /  講演日: 2016年10月8日 /  カテゴリ: 化学部会 > 講演会  /  更新日時: 2016年11月24日

 

近畿本部 化学部会(201610月度) 講演会報告

  2016108日(土) 15:1017:20
  近畿本部会議室

講演2:化学物質管理のための リスク評価・リスク管理

伊藤 雄二 技術士(化学)  元 株式会社日本触媒、近畿本部化学物質管理研究会幹事

1.はじめに

化学物質を取り扱う事業者は、自らリスクに基づく管理を行うことが望ましい。一方で化学物質のリスクへの理解は容易ではない。演者は毒性学がアプローチの鍵となる経験を持っている。本講演では、前段でコスト、パフォーマンス、セイフティに関する技術面の評価に加えて、毒性学からのアプローチについて紹介し、後段では、化学物質のリスク評価・管理について、化学物質管理士制度創設を目指す視点から紹介する。

2.レスポンシブルケア/化学品安全活動統括時代の経験

企業での種々の経験をご紹介いただいた。その中で、吸水性樹脂工業会技術委員長時代について紹介する。毒性学の重鎮である加藤正信氏の協力を仰ぎながら、高吸水性高分子(SPS:Super Absorbent Polymer)ダストの、リスク低減措置を行い、コスト、パフォーマンス&セイフティを実現させた活動である。この活動が実現できた前段階として、演者は加藤氏から毒性学を活用した評価技術を学び、【OECD/HPV】においてベンゾグアナミン(BG)の、一次評価書のモデル文書に採用される実績を上げていた。

    図1 BG

SAP粒子が抱えるトレードオフ問題として、微粉化により吸水性能は上がるが、作業者の肺障害リスクが上がる問題がある。対策として、社内では粒子径の規格化、クリーン設備化を行うとともに、工業会ではJIS規格の制定を通して、安全指針、許容濃度と個人作業環境測方法の標準化を図って来た。 

ほぼ同時期に欧州REACH法が制定され、「No Data No Market」時代が到来した。すなわち予防原則(予知能力)が導入され、リスク評価の主体が国から化学メーカーに転換されることになった。化学メーカーは製造業の供給連鎖の上流として位置づけられ、結果として化学物質のリスク評価書が審査に通り登録されると、後はフリーという時代に変わった。 考え方は、CMR(発がん性、遺伝毒性、生殖毒性)を持つ物質は事実上市場から閉め出す方向付けである。

欧州域内での競争力強化が目的のため、域外メーカーを締め出す意図も想定できるが、対応しないと事業の継続に支障がでる。演者は毒性学をフルに活用して、欧州当局に提出する評価文書を作ろうとした。しかし、電子申請のソフトが、公開遅れ・バグ・矛盾点が多いなど、欧州域外の会社にとって意外な壁となり、登録時期が迫る中、苦しんだ。

登録対象にN-フェニルマレイミド(NPM)があり、1980年台の市場開発段階を経て2000年台には日欧米で高生産・輸出物質へと成長過程にあった。問題点は、慢性毒性の疑い(CMR該当)がかかっており、放置すれば欧州市場締出しにあうことである。CMR該当の理由は日本政府が公開したデータをもとにGHS分類を実施すると「遺伝毒性あり」に分類されてしまうことにあった。

    図2 NPM

自社で実施したNPMのデータは逆であり、遺伝毒性は陰性であったが、そのデータを公開するだけでは分類判定を覆す効果は無い状態であった。検討の過程で加水分解の早い場合は、経口経路では胃にて加水分解され、経口以外の経路でも体内で加水分解されるため、本物質の寿命は短いとみなせるので、慢性毒性の評価は不要とすべき論理が成立することに着眼した。この論理をルール化するためには、慢性毒性試験が免除となるケースが存在することを、国や欧州規制当局の専門家に訴えかける機会が必要となった。

機会は別の物質で実現した。REACH法案とほぼ同時期に、国内化学メーカーに対して所有するすべての安全性データを国に提供してもらおうとする化審法ジャパンチャレンジ開始にあたって、国の評価研究機関にテーマ提案をおこなえる機会であった。

医薬中間体に使われるオルトエステル(RC(OR)3)について、R とRの全ての組み合わせを個別に遺伝毒性試験にかけることはあまりに不合理であり、カテゴリー物質群における構造相関研究という当時最新の考え方の導入を、本件にも応用するように提案した。具体的には、加水分解速度を測定して早いと認定できれば一群の慢性毒性を免除できるとする提案である。

欧州向けには、ベルギー国認定の欧州版(M)SDS作成機関を起用して、ベルギー国政府に伝達できるルートにてルール化の了解を得る方策を実施した。このような地道な努力を積み重ね、他にも電子申請について、自分で入力できるように必要なデータを収集するなど、急がば回れの考え方で進めた結果、登録を期限内に完了できた。

 

3.化学物質管理研究会の立ち上げ(化学物質管理士制度創設に向けて)

化学物質の管理政策は1990年代の前半から国際的に調和を図ることが始まっている。表現を変えるとハザードベースからリスクベースの管理へと移行してきている。

    図5 リスク評価における管理の手順

リスクの大きさは「有害性の程度×ばく露の程度」で評価し、管理の手順を図5に示す。化学物質のリスク評価の役割は、法で規制するにしろ自主管理活動で進めるにしろ、科学的で透明性のある手法を与えてアクションのレベルを高めることと、公衆への信頼を獲得するための情報を提供することである。

化学物質のリスクを最小化することの達成目標を2020年とすることが、国際的合意となっている。管理の手法はリスクを想定させ、技術開発を促し、毒性学の知見から基準類(許容値など)を定め、その基準以下が達成できるまでリスクを低減させていくことである。課題は、化学物質が多数あること、ライフサイクルが複雑で毒性も複雑であることに加え、不正流通や新興国の対策遅れ、国際法規と国内法の整合など複雑多岐にわたることである。

人の健康への評価に際し毒性学が欠かせない。一口に毒性といっても、一般毒性(急性毒性など)、特殊毒性(変異原性など)、標的臓器に対する毒性、生体機能への毒性(内分泌など)、発がん性など多岐に分かれている。共通点は、ばく露量と有害影響発現率の間に相関性が成立するかどうかを信頼性の高い認定された試験方法を用いて確かめ、NOAEL(毒性が発現しないレベル:無毒性量)以下であることを見出せることにある。毒性の評価を前提として、ハザードレベルと、ばく露レベルを組み合わせて評価していく。

化学物質のリスクを評価・管理するためには情報の開示が必須であり、SDSの作成と供給連鎖間での伝達が重要である。述べてきたように、複雑すぎる化学物質の管理を一元的に行える「化学物質管理士」資格の創設を計画している。この資格は、必要条件(専門性の客観的情報)と十分条件(グローバル化を含めた法律への対応など)をクリアできている人を試験により選抜して認定し、化学物質を扱う事業者などの評価レベルや管理レベル向上に寄与していただくことを目指している。最後に研究会に是非参加して欲しいと呼びかけて講演を終了する。

Q&A

Q 十分条件に入っているSDSの作成について、責任(保証)がつきまとう業務であり化学物質管理士では作成出来ないのではないか。

A PL法上の結果責任(保証)が問われるラベル制度とは異なり、SDSは新たな知見などが生じれば速やかな改訂(記載内容の向上や充実)を促す仕組みであり、管理士に出来ない業務とは思えない。
作成を外注すると高額な毒性試験費用を掛ける一方で、過剰と思える安全対策を一律に求める記載がされるケースも多い。自らがSDSを作成でき化学物質のリスク評価手法の実務を理解している方の支援を受けるのが効果的で効率的と考える。まずは人材育成(化学が分かり、リスク評価でき、毒性がわかり、法律も理解出来る人)を図り、ステップを一段ずつ上がっていくことを目指していることをご理解いただきたい。

文責 藤橋雅尚 監修 伊藤雄二