積層セラミックコンデンサの大容量、小型化を支えたBATiO3セラミック誘導体材料の技術開発について

著者: 藤橋 雅尚  /  講演者: 和田 信之 /  講演日: 2017年9月9日 /  カテゴリ: 化学部会 > 講演会  /  更新日時: 2017年10月12日

 

近畿本部 化学部会(20179月度) 講演会報告

  201799日(土) 15:0017:00
  近畿本部会議室

講演2:積層セラミックコンデンサの大容量、小型化を支えたBaTiO3セラミック誘導体材料の技術開発について

  - 格子欠陥制御技術の視点で -

和田 信之 和田技術士事務所  技術士(化学部門) 元 株式会社 村田製作所

1.積層セラミックコンデンサMLCC Multi-Layer Ceramic Capacitorの概要

1)コンデンサについて

代表的コンデンサには、①アルミ電解、②タンタル電解、③積層セラミックスがあり、
①②はそれぞれの金属酸化膜(比誘電率:830)を誘電体とし、電解液を用いている。
③は金属酸化物(ex. BaTiO3の比誘電率:3000以上)をセラミック誘電体として用いた全固体コンデンサである。

2)MLCCについて

MLCCは薄層成形した生セラミックシート表面に内部電極ペーストをパターン印刷し、多層積層化し、これを焼成したものである。MLCCはスマホで700個程、ノートパソコンで800個程、ハイブリッドカーでは5000個程、使用されている電子部品である。

 MLCCの静電容量の増大には、比誘電率の高い誘電体材料を用い、電極間隔を狭く(セラミック素子の厚みを1μmより薄く)し、セラミック素子 (1)の積層数を増やすことで大容量化の技術開発が進められてきた。

    図1 MLCCの構造

3)BaTiO3材料の変遷

 多くのMLCCにはチタン酸バリウム(BaTiO3BT)を主原料としたセラミック強誘電体材料が用いられている。BTの結晶系は温度により変化し、室温では図2()に示すTiの位置が中心から僅かにずれた、自発分極を持つ正方晶ベロブスカイト型の強誘電体材料である。

    和田2 図2

MLCCの誘電体/内部電極材料の組み合わせは、開発初期にはBT/Pd,Pt系で製品化されたが、PdPtが高価なため電極材料のコスト削減が求められ、今日ではBT/Ni系で実用化されている。Ni内部電極のMLCCの製造ではNiが酸化しない(低酸素分圧の)還元雰囲気での焼成が必要である。還元雰囲気焼成では半導体化しやすいBTを絶縁体にする材料設計が開発当初の重要な技術開発であった。

最近のMLCCの小型・大容量化の要求に対しては、セラミック素子の薄層化に伴う電界強度の増加に対応したさまざまな技術的課題がある。特に、還元雰囲気で焼成したBT中の酸素空孔の移動による信頼性劣化を抑えるための、「アクセプター元素添加、ドナー元素添加による格子欠陥制御、および粒界組成の制御」などの材料設計が重要である。

2.格子欠陥とその改善に向けて

1)格子欠陥(酸素空孔)の生成による半導体化、信頼性の低下

以下、BT中の酸素空孔などの格子欠陥はKröger-Vinkの欠陥表記法を用いて説明する。

低酸素分圧の還元雰囲気焼成では(1)式のようにBT中の酸素は熱力学的に系外に抜け、結果として酸素空孔および電子が生成し、BTは半導体化する。

   (1) 
BT中の酸素、+2価の酸素空孔、
電子

半導体化防止には、たとえばCaBT中のTiを置換した(2)式がある。

   (2) 
         Caで置換された-2価のTi格子欠陥

(2)式では電子を伴わずに酸素空孔が生成する。化学平衡の移動で知られるルシャトリエの原理に基づき、(2)式による酸素空孔の生成は(1)式での電子の生成を抑え、BTは絶縁体になる。しかしながら、(2)式で生成する正の電荷を持つ酸素空孔は高電圧印加時に、負極側電極近傍に移動・集積し、絶縁破壊を招く。酸素空孔の集積は走査型透過電子顕微鏡の電子エネルギー損失分光(STEM-EELS)でも確認されており、長期信頼性確保にはこの移動しやすい酸素空孔の移動を抑制する必要がある。

2)アクセプター元素添加による信頼性の向上

+4価のTiに対し、+2価のCaは原子価が小さく、アクセプターと呼ばれる。アクセプター元素添加の効果は(1)式に見られる電子の発生を抑制し、BTの絶縁性を保つことである。また、-2価のCaTi+2価の酸素空孔 Vo¨と静電的に会合し、酸素空孔の移動を抑制する効果も期待される。一方で、添加したCaBaも置換し、CaBa+2価のBa+2価のCaが置換:電気的に中性)を形成する。CaBaに比べてイオン半径が小さく、Caによる置換でBT結晶の格子容積は減少し、狭くなった原子間距離は酸素空孔の移動を抑制することが考えられる。図3に示すように、Baに対してCa6mol%置換した場合には、加速実験での信頼性評価で大幅な加速寿命の向上が見られた。

  和田3
         図3 Ca添加による信頼性向上 Jpn. J. Appl. Phys. Vol 41 (2002)

3)ドナー元素添加による信頼性の向上

+2価のBaに対して、原子価の大きな+3価の希土類元素(例えばDy:ジスプロシウム)はドナーと呼ばれる。BaDyで置換した場合、考えられる反応式の一つに(3)式がある。

   (3)
 Dyで置換された+1価のBa格子欠陥、 -2価のBa空孔

3)式の-2価の移動しにくいBa空孔と、(1)式や(2)式で生成する移動しやすい+2価の酸素空孔が欠陥クラスターを作ることで、酸素空孔の移動抑制が考えられる。これら格子欠陥の相互作用による移動抑制は分子動力学や第一原理計算などの計算で示唆されている。

希土類元素はその種類によってBTセラミックスの粒界での拡散状況が異なり、得られるセラミックスの微構造も変化する。粒界近傍に均一に拡散する希土類元素により、MLCCの長寿命化が達成できている。

4)粒界の構造および組成の制御による信頼性の向上

格子静力学法を用いたBTセラミックスの対応粒界の安定構造の計算では、酸素空孔にとって安定な位置が粒界近傍に多く存在する。また、走査型TEM組成分析(STEM-EDX)では、アクセプター元素やドナー元素など異種元素が粒界に特異的に多く存在する。粒界近傍の異種元素に伴うさまざまな格子欠陥の存在や粒界近傍では酸素空孔が安定に存在できることなどが酸素空孔の移動を抑制し、信頼性向上の要因にもなっていると考えられる。

 

3.まとめ

MLCCは、開発以来60年近く経過しているが、MLCC製造のさまざま工程やそれらの技術分野で技術革新が進み、現在でも日本優位の状態で発展している。BTの格子欠陥の制御技術はMLCCの技術革新にわずかにでも貢献できたと思う。今後は後付けであっても、現象の解明を解析的に進めることにより、更なる発達がなされていくことを期待している。

 

質疑

Q:アイデアの出し方について、理論からと実験からに分けると、どちらが主体か。

A:実験が基本であり、理由を考える段階で理論化していった。

Q:半導体回路集積の分野から、コンデンサ不要論が出ていたが、現状はどうか。

A:SiO2は絶縁膜になるのでICの中に作り込む発想があった。コスト面で考えるとコンデンサを個別に作る方が、リスクが小さいので今後も個別生産が残ると考えている

Q:Ni層を守るために、H2で還元雰囲気にしていると思われるが他の方法は無いか。

A:小型化が進む現状であり、H2を用いた還元雰囲気制御が適切と思う。

Q:厚みが薄くなっていく方向であるが、どのように対応しているのか。

A:限界といわれながら、微粉化技術が進んで素子の薄層化が進展している。粒界はある程度必要であるがより微細化が進んでいる状態である。

Q:シリコン回路は大量生産の段階で海外に負けたが、コンデンサはどうか。

A:国内企業は原料、装置の内製化を維持、発展しているため、海外の実力は上がっているが、当分、大丈夫だと思う。

文責 藤橋雅尚 監修 和田信之